隠れ許嫁は最終バスで求婚される
「じゃあ、緊張しないおまじない」
「――!?」
ぎゅーっと抱き締められてあたまをよしよし撫でられてしまう。肝試しで泣き出したあたしを宥めてくれたあのときのように。
「ば、ばかっ!」
「緊張とけた?」
「とけました! すっかり!」
顔を真っ赤にして彼から離れると、一季さんがすこしだけ淋しそうな顔になる。
「なんならキスも」
「しなくていいです!」
などと言い合っているうちに黒戸家のお手伝いさんがあたしたちを呼びに来てくれた。一季さんのお父さんが脳梗塞で倒れて以来、週に数日お手伝いさんを雇っているのだという。いまは奥の書斎で昼寝をしているから挨拶は一足先にお母さんだけに行う形で、となった。
通された応接間には、磨かれた欅の机と白い花の生けられた花瓶が飾られている。
線香の香りがわずかに漂っていて、どこか厳かな空気があたしを怯ませる。
そして一季さんのお母さん――黒戸綾子さんが、控えめな笑みを見せて、感慨深そうに声をあげた。