隠れ許嫁は最終バスで求婚される
「おふくろ。あんましモネをいじめないでくれよ。たしかにじいさまは口約束で許嫁の話をしていたけど、いまの時代、許嫁なんて法的な定義が存在しないんだぜ。だから俺はモネが許嫁だということを隠していたんだ。冗談のまま大人になって、俺より若いいい男と所帯を持って幸せになってくれればそれでいいと思ったから」
「そうね、「許嫁だから必ず結婚しなければならない」という拘束力は、法的には認められない……それに、あなたたちはそのことを知ってもなお、一緒になることを選んだということでしょう?」
ならばわたしが文句を言う筋合いもないわ、と綾子さんはほほほと笑う。
何も言えないままあたしが俯いたとき、一季さんの手がそっと重なった。
指先が、確かにあたしを包み込む。その手のあたたかさに、蘇るのは昨夜のバスでの出来事。
あのときの“結婚しよう”という言葉は、決して義務なんかじゃない。はず。
「俺は――遺産のために結婚するんじゃない。モネがいいんだ」
その瞬間、胸の奥で何かがほどける。心のどこかでは小さな不安が燻っているけれど、それでも彼の手から伝わるぬくもりがあたしを優しく包んでくれる。
「あたしも、気持ちは同じです」
一季さんを、信じたい。
彼があたしを必要としてくれるのなら――たとえそれが、遺産目当ての結婚だとしても。