隠れ許嫁は最終バスで求婚される
――お兄ちゃんなわけないのに。だけどこの声、なんだか安心する……
エンジン音とともにゆっくりとバスが動き出す。運転手の声を聞く機会はなくなり、停留所を案内する機械的な女性のアナウンスに切り替わる。昔はこんな音声案内や行き先表示パネルなんかなかったなぁ、なんてことを思いながら窓の外に視線を向ければ、駅前広場で路上ライブがはじまっていた。終電まではまだ時間があるから電車を使う乗客にあわせてはじめたのだろう。眩い電飾を背に、大学生くらいの男女がギターでじゃかじゃかじゃかじゃか音を鳴らしている。バスのなかだから何が奏でられているかはわからないけれど楽しそうだ。
やがて駅前の喧騒から少しずつバスは離れていく。商店街を抜けて、新しく建てられた住宅地を過ぎたあたりから混雑していたバスのなかも空いてきた。駅を出たときは一列に並んで座っていた後部座席もいつの間にかあたしひとりになっている。このあとバスは田畑が拡がる国道を道なりに進んで医療センター、高校前、古くからある住宅街へと繰り出していく。山の麓にあたる終点まで乗るとトータルで二時間近くかかる田舎路線に最初から最後まで乗る奇特な人間はそういない。あたしもあと三十分くらい揺られて住宅街で降りるつもりで、ほんのすこしだけ瞳を閉じた。