隠れ許嫁は最終バスで求婚される
* * *
どのくらい眠っていたのだろう。運転手の腕が良かったからかすっかり寝入ってしまった。車窓の向こうは駅前で見た風景とはまったく違う、真っ暗で鬱蒼とした山道だ。
「……!?」
まさか、こんなときに限って寝過ごした? きょろきょろ周囲を見渡せば、乗客の姿はどこにもない。時計を見ようにもスマホの電池が切れている。こういうときに限って……詰んだ。このままじゃ最終バスで終点まで行って降ろされた先で野宿確定だ。
「本日も営田バスをご利用いただきまことにありがとうございました。まもなく終点、十和栗車庫でございます……」
これが駅前だったらどんなによかったことか。降ろされた先にコンビニひとつ存在しない山奥で、これから朝まで過ごすことを考えると気が遠くなる。お化けどころではない、熊に食べられてしまう危険性だってある。むしろこのままバスのなかで眠ってしまいたい。
「お客さん、終点ですよー」
狸寝入りをしたところで無駄でした。バスが停車して乗客を吐き出し終えて、最後のひとりになったところで運転手の無慈悲な勧告。頑なに瞳を閉じて抵抗したかったけれど、このひとに迷惑をかけるわけにもいかないとあたしは渋々まぶたを開き、唖然とする。
「……お兄、ちゃん?」
「まさか、桧林さんとこの百寧ちゃん?」