隠れ許嫁は最終バスで求婚される
 まるで俺がそれを目当てに求婚したみたいに見えても仕方がない。当初はそのつもりでそろそろ結婚しないといけないと考えていたのは事実だが……いや、違うんだ。父親が脳梗塞で倒れるまではそんなものどうでもよかったのだから。
 何度でも思い出せる。祭りの日に見た彼女の浴衣姿。泣きながら俺の背中を掴んでいた手。
 いつかもう一度あの手を握れたら、それでいいと思ってた。ただ“守りたい”と思うだけで充分だったのに、バスのなかで再会してしまった瞬間、全部崩れてしまった。
 声を聞いた瞬間に、理性なんて消えた――ああ、やっぱり俺はモネが好きで、結婚できるのなら彼女しかいらないのだ、と。

 あの最終バスの夜、彼女から「好き」と言われて、どれだけ救われたか。十年以上押し込めてきた感情が、一瞬でこみあげてきた。
 あの瞬間から、俺はもう引き返せなくなっていた。
 だから、たとえ“許嫁”という言葉が先にあったとしても、俺の選択は誰のものでもない。
 モネを選んだのは、俺自身だ。彼女がこの家に来てくれるというのなら――俺は彼女を幸せにする。何がっても起こっても。
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