隠れ許嫁は最終バスで求婚される
見上げた空には、薄く霞んだ月が浮かんでいる。淡い光の下で、風に揺れる庭の木々が、まるで過去と未来の境を撫でるようにざわめいている。
足元には一斉に花を開いた曼殊沙華の赤い花が幻想的な姿を魅せている。その空間に溶け込むように、ひとつの影が静かに近づいて来る。
「モネ?」
「お風呂、ごちそうさま」
振り向くと、白いワンピース姿のモネが立っていた。髪が少し濡れていて、風にさらわれるたびに月明かりを受けてきらめいている。
その姿が、ふと昔の夏の夜と重なった。泣き虫で、でも誰よりも優しくて、俺の袖を掴んで離さなかったちいさなモネに。
「……寝たんじゃなかったの」
時刻はもうすぐ夜の九時だ。気づけば祭囃子の賑やかな調子もすっかり消えている。問いかければ、モネは小さく首を振って苦笑する。
「うん。なんだか、胸がざわざわして」
「もしかして昼間のこと、気にしてる?」
「……ちょっとだけ。まさか、あんなふうに言われるなんて思わなかったから」