隠れ許嫁は最終バスで求婚される

 その言葉に、胸の奥が少し痛んだ。
 “許嫁”という言葉が、彼女の心をどれだけ乱したか、よくわかっている。
 俺は立ち上がり、少し距離を詰める。

「モネ」

 名前を呼ぶと、彼女はびくりと肩を揺らし、まっすぐ俺を見上げてくる。その瞳は少し潤んでいる。

「ねえ、お兄ち――一季さん。許嫁ってあれ、冗談じゃなかったの? あたしたち、昔から――」
「大人たちが勝手に決めた話だ。俺たちが子どもの頃に」

 そして黒戸のじいさまが俺へ厄介な遺言を残したという、それだけのことだ。

「じゃあ……最初から、あたしは“そういう相手”だったの?」
「違う!」

 言葉が零れた瞬間、彼女の目が見開かれる。
 俺は息を吸い込み、静かにつづける。

「俺にとってのモネは、最初から“誰かが決めた相手”じゃない。あと、誰でも良かったわけじゃないから。仕事を理由にして遠ざかってはいたけど、結婚するなら好きな子としたかった。だから逃げてたんだんだよ。俺がモネをすきになったのは、自分の意思だ。守りたいって思ったのも、手に入れたいと希ったのも――全部、俺の選択なんだ」
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