隠れ許嫁は最終バスで求婚される

 月の光がふたりの間に落ちる。
 風が花の香りを運び、夜の庭がふわりと包み込むように静まった。
 モネは唇を噛みしめ、何かをこらえるように目を伏せる。
 そして、睫毛を震わせながら、かすかに微笑む。

「……ずるい。そんな言い方されたら、もう逃げられないじゃない」
「最終バスで告白してきたのはモネの方だろ。逃がすつもりなんて、最初からないよ」

 言いながら、そっと彼女の手を取る。
 指先が触れた瞬間、モネの肩が小刻みに揺れる。
 俺はその手を包み込むように握りしめ、彼女の耳元で囁く。

「俺が欲しいのは、この手だけだ。遺産でも、約束でもない。……俺の心のなかに隠していた君という許嫁との“居場所”だけさ」

 モネが顔を上げる。月光の中で、頬がほんのりと赤く、曼殊沙華の花のように染まっている。
 その表情を見た瞬間、胸の奥に静かに火が灯った。もう迷わない。もう離さない。
 ――どんな形でも、彼女を幸せにする。
 その決意が、言葉よりも確かに心の中に根を下ろした瞬間だった。何度でも抱きしめて伝えるよ。
 この想いは約束でも義務でもなく、俺自身の願いだって。
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