隠れ許嫁は最終バスで求婚される
「きれいよ、百寧」
鏡の前で、母がそっとベールを整えてくれる。施設で暮らしている彼女に手伝わせるのは大変だと思ったが、「わたしの娘なのだから甘えなさい」と数日前からヘルパーさんとともに実家に戻って今日の準備を助けてくれていた。
その手つきが優しくて、懐かしくて、思わず涙がこぼれそうになる。
母の言葉に、うまく返せずに笑う。
鏡越しに映る自分の姿は少しだけ大人びて見えた。
「お母さん、ありがとう」
母は小さく息をつき、「お父さんも、きっと喜んでるわね」と囁く。
その声が、胸の奥をそっと撫でていった。
扉の向こうから、スタッフの合図が届く。遠くで司会者の声が響き、チャペルのドアが開く準備をしている気配がする。いよいよだ。
母が小さく息をつき、「行くわよ」と微笑む。
その一言に背中を押され、あたしは裾を踏まないようにゆっくりゆっくり前へと踏み出す。亡き父の代わりにヴァージンロードを歩いてくれる頼もしい母とともに。