隠れ許嫁は最終バスで求婚される

 乗車時に「お兄ちゃんみたいな声だなぁ」と思っていたバスの運転手は、ほんとうにお兄ちゃんだったらしい。

「うん。黒戸(くろど)さんとこの一季(いっき)お兄ちゃん」
「いっき、じゃなくてかずきだ、って何度言ったらわかるんだよ」
「かずきだと保育園の同じクラスにいたから、お兄ちゃんが「じゃあいっきでいい」って拗ねながら言っていたの覚えてない?」
「そうだっけか……いったい何十年前の話をしてるんだい。っていうかなんで最終バスの終点にモネちゃんがひとりで乗ってるのさ」

 運転手の制服を着たお兄ちゃんが早口でまくしたてるのを見て、ああやっぱりお兄ちゃんだと思わず泣きそうになる。
 そんなあたしを見て「なんで泣く!?」とオロオロしだしたので「まだ泣いてないよ泣きそうになっただけ!」と言い返してこれまでの事情を説明する。

「ふーん。だからそんな心もとない格好でバスに乗ってたの?」
「真夜中のハイキングにでも行くかと思った?」
「この先にある自然公園のキャンプ場なら夏休みいっぱいで今年の営業終わってるから十八時でゲートも閉まってるぞ」

 容赦なく言い切られてしまう。たしかに夏休みのあいだはまだこの辺もハイキングやキャンプの客でにぎわっていたが、九月も中旬を過ぎた平日の夜となってはそれらしきひとの姿も見られない。それ以前にお兄ちゃんの腕時計が指し示している現在時刻は二十二時半でした。さすが最終バス。終着地は真っ暗闇だ。
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