お守りに溺愛を込めて~初恋は可愛い命の恩人~

「雨かー」
「でも酷い降りじゃなくてよかった」

広い歩道に並ぶ二つの傘。
紺のラインにライム色の千鳥格子柄は葵で、サーモンピンクの花柄が私。


葵がポニーテールの黒髪を揺らしながらバッ!と後ろを振り返り、辺りを見回しながら「…いないよね」と呟き、言葉を続けた。

「さっきの話さ…どう思う?」

「矢野さんの会のお誘い?」

「うん。何かおかしくない?」

「んー…今までの感じからするとね。でも今回は矢野さんのための会だから、一応誘ってくれたんじゃないかな」


矢野さんは経理課に在籍する30代半ばの女性で、今は2人目のお子さんを妊娠しており、来月に入るとすぐに産休に入る予定。

仕事では男女問わず誰にでも分け隔てなく優しく接してくれるし、間違いや分からない事も丁寧に指導してくれるから、矢野さんを嫌う人なんて聞いたことがない。

そんな矢野さんの旦那さんは本社総務部にお勤めの、人格者としても有名な矢野部長だから、本当に素敵なご夫婦だといつも思ってる。


「そうだよね、矢野さんの会だもんね。……それも確かにあるんだけどさ……でも…何かあの笑顔がちょっと引っ掛かるんだわ」
なんて葵は煮え切らない感じで言う。

「まぁね…私も全部を素直に捉えることはできないけど……もし何かまた嫌なことをされたら、矢野さんにうまく言って帰るよ」

「…そだね。その時はあたしも一緒だからね!もし見てないとこで何かされたらすぐに言うのよ!」

「あは、ありがと。頼りにしてます!」

ほんと、葵には頼りっぱなしだな。
私は一人でも対処できる強さを持たないとね。

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