俺様パイロットは容赦なく愛を囁き偽り妻のすべてを奪う
 それから彼は、梓に視線を向けてすっと目を細めた。同時に、ガタっと椅子を引く音が響く。

「ま、真由香、ごめん。そういえば私、用があったの。これで帰るね」

 彼の無言の圧力に耐えきれなくなり、梓が慌て始める。
 許してと顔の前で両手を合わせた彼女は、心底すまなそうな顔をしながら去っていった。

「あっ、梓」

 引き留めようと伸ばした腕が、虚しく宙を切る。悪いのは彼の名前を出した私だから仕方がないが、ここでひとりにされるのは心細い。

 呆然と彼女を見送った後、ハッとして背後の椎名さんに向き直った。

「ご、ごめんなさい。ご本人がいらっしゃると気づかず……というか、いない場でもですが、失礼なことを言ってしまって」

 いたたまれない気持ちで、大きく頭を下げる。そのそばを、彼が横切っていく気配を感じた。

 無言のまま、この場を立ち去るのだろうか。つまり、許さないと宣言されたのも同然だ。それほどまでにの気分を害してしまい、申し訳なさでいっぱいになる。

 指先が細かく震えだす。他人の目がある場だとわかっていたのに、私の振る舞いはあまりにも軽はずみだったと今さら後悔が押し寄せてきた。

 閉じた瞼に力がこもる。
 彼と共通の知り合いはいるだろうか。謝罪する機会が持てるように、誰かに取り持ってもらって……。

 どうするべきか必死で考えていたところ、近くでカタリと椅子を引く音がしてそっと顔を上げた。

「え?」

 椎名さんはてっきりお店を出て行ったのだと思っていたが、私が下を向いている間にさっきまで梓が使っていた席に座っていた。
 彼女が使用したカップは脇に避けて、彼が注文したカップが正面に置かれる。もしかしてここで面と向かってさっきのやらかしを叱られるのだろうかと、身を縮こませた。
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