俺様パイロットは容赦なく愛を囁き偽り妻のすべてを奪う
 少しでも寝室から目を背けたくてリビングに居座り、見てもいないテレビを流し続ける。先にお風呂に入るように翔さんを促すと、素直に従ってくれた。

「ほら。真由香も入って来いよ」

 入浴を終えた彼は、まだしっとりと濡れた髪をタオルで拭ききながら戻ってきた。

「ちゃんと乾かさないと、風邪を引きますよ」
「そのうち乾くよ」

 いくら室内は一定の温度に保たれているとはいえ、季節はもう冬目前だ。

 仕事に関してはきっちりとした人だが、プライベートでは気を抜いているらしい。
 それは意外だったものの、だらしないとかマイナスには感じない。むしろ、完璧すぎないところが好ましい。

「だめですって。パイロットは体が資本なんですから」

 翔さんがいかにも面倒だという顔をする。こんな表情もするのかと意外に思いつつ、ドライヤーを彼に差し出した。

「それなら、真由香が乾かしてよ」
「え?」

 予想外の返しに、唖然とする。

「俺の心配をしてくれているんだろ?」

 戸惑いながらうなずいた私の腕を、彼が引き寄せた。

「頼むよ、真由香」

 耳もとでそうささやかれて、全身が熱くなる。

「わ、わかりましたから」

 勢いよく体を離すと、翔さんはおかしそうに笑った。

「もう! 私があなたの声に弱いって、わかってやっていますよね?」

 不満を訴えながら、渋々用意をする。彼があまりにもフランクに接してくるから、私も遠慮がなくなってきた。

「さあ、どうかな」

 変に緊張して過ごすよりは気楽でいい。
 そう前向きに考えたものの、いざ彼の髪を触れる段階になって怖気つく。

「し、失礼します」

 急に畏まった私を、翔さんが笑う。

 ソファーに座った彼の背後に立ち、風を当てながら目の前の黒髪に遠慮がちに指を通した。
 大人の男性にこんなふうに接するなんて初めてだ。彼の黒髪は見た目の印象よりも柔らかくて、意外と触り心地がいい。
 顔が見えなければ、案外平気かもしれない。よすぎる声も今は聞こえないから、次第に気が緩んでいく。
< 41 / 110 >

この作品をシェア

pagetop