俺様パイロットは容赦なく愛を囁き偽り妻のすべてを奪う
「私の理想はね、真由香も知っての通り、限りなく低くて少しかすれ気味の声かな。バリトンボイス最高!」

 似たようなやりとりは、彼女ともう何度も交わしてきた。
 クールな雰囲気の梓だが、実際は明るい性格をしている。彼女のこういう一面を、私はかわいらしいと思っている。

「年齢は少し……ううん。自分より十歳は上の人がいいかな。こう、ひげが似合いそうな」

 そう言いながら、彼女は自身の鼻の下辺りを指さした。

「もうそれ、パイロットっていうよりバーのマスターにしか思えない」
「あはは。そうかも」

 話はすっかり弾み、迷惑にならない程度の声量で盛り上がる。

「ねえ、真由香はどんな人が好み?」
「うーん。年齢は、私より少し年上がいいかな。いろいろと許してくれそうな、懐の広い人」

 もちろん自分も相手に合わせるが、仕事に関しては譲れない。

「声は、低すぎず高すぎないテノールで」

 うんうん、いいねと、梓が前のめりにうなずく。
 共感してくれる彼女につられて、つい饒舌になる。

「ハスキーなのも捨てがたいけど、こう、抑揚を感じさせない淡々とした感じ?」

 一見……一聴クールな感じがいいと力説する。

「でも、プライベートではそこに甘さがプラスされるんでしょ? もちろん、恋人限定で」

 自分でそう言いながら、なにそれ最高じゃないと盛り上がる梓に、私も激しく同意する。

 長く恋人はいないし、今は交際する時間的な余裕がない。
 けれど、癒しはいつだってほしくなる。むしろそれが働く活力になる。
 それは梓も同じだと、もう何度も語り合ってきた。理想の異性像の話題がどうしても声質の話に偏りがちになるのは、もはや職業病の一種なのだろう。

「好みの声に、耳もとで〝愛してる〟なんてささやかれたら、それだけで疲れも吹き飛んじゃいそう」

 ことさら明るく言ってのければ、お互いの愁いも今だけは吹っ切れるというもの。
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