さくらびと。美桜 番外編(2)
第8章 名札。
大学病院からの帰り道、精神医療センター沿いの桜並木に差し掛かると、裕紀は自然と足を緩めた。
一年後の東京の春。
まだ十分に咲ききらない桜の枝先が青空に向かって伸びている。
蕾は膨らみ始めているものの、まだ開花は先だ。
ベンチに腰を下ろし、深く息を吸い込む。
肺に広がる都会の空気は、故郷の山々の澄んだそれとは違うけれど、なぜか今は心地よい。
明日からここで働き始めるという現実が、まだ夢の中の出来事のように感じられる。
「美桜……」
無意識に名前が口をついて出た。
あの日からちょうど一年。
美桜の言った通りに精神医学の道を選び、今日こうして研修を終えた。
彼女の願いが叶ったのだと思うと同時に、胸の奥が締め付けられる。
この決断に後悔はない。
しかし彼女がここに居ないことへの空虚感は、時間が癒してくれるどころか日に日に増していく。