クズ男の本気愛
「先輩! 何買ったんですかー?」
「ほえ!? た、ただのコーヒーだから!」
「眠気覚ましにいいですね! それで、さっきの話なんですけど……」
「あ……ああ~!! あの案件ね!! この前霧島くんが契約取ってきたやつね!! うん、詳しく話を聞こうじゃないか!」
背中が痛い、痛いぞ。あのキラキラ女子たちの視線がビシバシと刺さってきてる。こんな中で、まさか食事の話なんてさせるわけにはいかない。
もし万が一霧島くんが今、私なんかを気に入っているとバレたら、どんな反感を買うかわかったもんじゃない。変に注目を浴びてひそひそ噂話をされて……うう、想像しただけで震え上がってしまう。社内ではなるべく穏やかに暮らしたいタイプだ。
きょとんとする霧島くんの袖を引っ張りつつ、キラキラ女子たちの視線が届かない場所まで移動する。周りに人がいないことを確認した後、私は小声で非難した。
「ちょっと、変なこと言わないで!」
「変なこと?」
「す、好きな人がいるとか……その後私を食事に誘ったりなんかしたら、相手が誰だかバレるでしょう!」
「変なことじゃないですよ。事実だし、俺の好きな人が先輩ってばれてもいいじゃないですか」
「よくないよ! 相手が私だとかばれたらどうなると思ってんの!」
「先輩を狙う男が減ると思います! ライバルが減る、俺万歳」
ピースをしてくる霧島くんに、くらくらと眩暈を覚えて頭を抱えた。一体、何を言っているんだこの子は。
「私を狙う男がいるわけないでしょう……」
「そんなのわかんないじゃないですか。ライバルは少ない方がいいですし。それより和食、食べに行きましょうよ」
ずいっとこちらに顔を近づけてくる霧島くんに、ぐっと言葉が詰まった。さっきから彼の素直すぎる言葉が、私にはあまりに辛い。
彼は私を澄んだ目で真っすぐ見つめ、返事を期待した顔をしている。……断りづらい。
「か、考えとく!」
何とかその一言だけ言い残して、私はその場から逃げるように去った。霧島くんが残念そうにこちらを見送ることに気づいていたが、振り返らなかった。
結局彼への返事は保留のまま、私は仕事に熱中していた。まずは仕事だ、今の自分にとって一番信じられるものは仕事なんだから。頭が混乱しているので、プライベートなことは考えずに集中したいのもある。朝から必死にデスクに齧りついている。
今日の予定を頭に入れつつ、先ほど買ったコーヒーを口にしたところで、少し周りの空気感が変わったことに気が付いた。ふと顔を上げてみると、すっと近くを誰かが通った。ふわりと香水のようないい香りがしたのだが、その香りに覚えがあって一瞬全身が固まった。
長い黒髪、きりっとした横顔、お洒落が行き届いてるオーラを感じる佇まい……。
……嘘よね?
固まった首をゆっくり動かしてそちらの方を見てみる。するとそこにはやはり、見覚えのある人物が立っていたのだ。
隣の敦美が、同僚と話す声が耳に入ってくる。
「あ、あの人出向で来るって言ってた人じゃない?」
「あーだろうね。うわ仕事出来そうー美人ー!」
噂の人物はみんなの前に立つと、余裕のある笑みを浮かべて全員の顔を見渡し、よく通る声ではっきりと自己紹介をした。
「増田薫と言います。今日からこちらでお世話になります。みなさん、どうぞよろしくお願いします」
自信に満ち溢れた薫さんは深々と頭を下げると、周りから拍手が巻き起こった。私は呆然としてしまい、拍手なんてする暇がない。あの虚しかったファミレスでの数時間が甦る。楽しそうに話す彼女、会話に入って行けず黙っている自分……思い出したくない時間だった。
こんな偶然、あるだろうか? 薫さんが一緒に働くことになるなんて……。
完全に固まってしまった私を、彼女は見つけ出してしまった。薫さんはすぐに一人で小さく笑うと、つかつかと歩み寄ってきて私に声を掛ける。
「璃子さん。お久しぶりです」
「あ、はい……びっくりしました……」
「知ってる人がいると安心だなー! よかった。いろいろ教えてくださいね」
薫さんは笑顔で私の手を掴み、愛想よくしていた。だがその手の力は強くて、手先に痛みを覚えるぐらいだ。私は引きつった顔で挨拶を返す。
「はい、よろしくお願いします」
脳裏に大輔の顔が浮かび、憎らしく思った。薫さんとあれだけ仲がよかったんだから、うちに来ることくらい話題に出てたんじゃないの? いや、多分私に伝えてなかっただけだろう。薫さんはあまり驚いていないようだし、知っていたような感じがする。
大輔はいつも、うちに来てもご飯食べてテレビばっかみてたから……。
でも薫さんとはいろいろあったけれど、仕事仲間になるのだしそこはしっかり切り替えていかなくては。私は無理やり自分にそう言い聞かせて、ざわざわと騒ぐ胸を必死に押さえつけた。
「あれ、二人って知り合いなんですか?」
ずっと見ていた霧島くんがひょこっと顔を覗かせる。薫さんは一瞬、霧島くんに見惚れたような顔をしたけれどすぐに切り替えた。
「共通の知り合いがいまして、一度食事を一緒にしたことがあったんです」
「へえ。そうなんですか。俺は霧島です、よろしくお願いします!」
「はい、よろしくお願いします」
二人は爽やかに笑い合い、挨拶を交わした。私はその後ろで、なんだか言い知れぬ不安を胸に抱いていた。
「ほえ!? た、ただのコーヒーだから!」
「眠気覚ましにいいですね! それで、さっきの話なんですけど……」
「あ……ああ~!! あの案件ね!! この前霧島くんが契約取ってきたやつね!! うん、詳しく話を聞こうじゃないか!」
背中が痛い、痛いぞ。あのキラキラ女子たちの視線がビシバシと刺さってきてる。こんな中で、まさか食事の話なんてさせるわけにはいかない。
もし万が一霧島くんが今、私なんかを気に入っているとバレたら、どんな反感を買うかわかったもんじゃない。変に注目を浴びてひそひそ噂話をされて……うう、想像しただけで震え上がってしまう。社内ではなるべく穏やかに暮らしたいタイプだ。
きょとんとする霧島くんの袖を引っ張りつつ、キラキラ女子たちの視線が届かない場所まで移動する。周りに人がいないことを確認した後、私は小声で非難した。
「ちょっと、変なこと言わないで!」
「変なこと?」
「す、好きな人がいるとか……その後私を食事に誘ったりなんかしたら、相手が誰だかバレるでしょう!」
「変なことじゃないですよ。事実だし、俺の好きな人が先輩ってばれてもいいじゃないですか」
「よくないよ! 相手が私だとかばれたらどうなると思ってんの!」
「先輩を狙う男が減ると思います! ライバルが減る、俺万歳」
ピースをしてくる霧島くんに、くらくらと眩暈を覚えて頭を抱えた。一体、何を言っているんだこの子は。
「私を狙う男がいるわけないでしょう……」
「そんなのわかんないじゃないですか。ライバルは少ない方がいいですし。それより和食、食べに行きましょうよ」
ずいっとこちらに顔を近づけてくる霧島くんに、ぐっと言葉が詰まった。さっきから彼の素直すぎる言葉が、私にはあまりに辛い。
彼は私を澄んだ目で真っすぐ見つめ、返事を期待した顔をしている。……断りづらい。
「か、考えとく!」
何とかその一言だけ言い残して、私はその場から逃げるように去った。霧島くんが残念そうにこちらを見送ることに気づいていたが、振り返らなかった。
結局彼への返事は保留のまま、私は仕事に熱中していた。まずは仕事だ、今の自分にとって一番信じられるものは仕事なんだから。頭が混乱しているので、プライベートなことは考えずに集中したいのもある。朝から必死にデスクに齧りついている。
今日の予定を頭に入れつつ、先ほど買ったコーヒーを口にしたところで、少し周りの空気感が変わったことに気が付いた。ふと顔を上げてみると、すっと近くを誰かが通った。ふわりと香水のようないい香りがしたのだが、その香りに覚えがあって一瞬全身が固まった。
長い黒髪、きりっとした横顔、お洒落が行き届いてるオーラを感じる佇まい……。
……嘘よね?
固まった首をゆっくり動かしてそちらの方を見てみる。するとそこにはやはり、見覚えのある人物が立っていたのだ。
隣の敦美が、同僚と話す声が耳に入ってくる。
「あ、あの人出向で来るって言ってた人じゃない?」
「あーだろうね。うわ仕事出来そうー美人ー!」
噂の人物はみんなの前に立つと、余裕のある笑みを浮かべて全員の顔を見渡し、よく通る声ではっきりと自己紹介をした。
「増田薫と言います。今日からこちらでお世話になります。みなさん、どうぞよろしくお願いします」
自信に満ち溢れた薫さんは深々と頭を下げると、周りから拍手が巻き起こった。私は呆然としてしまい、拍手なんてする暇がない。あの虚しかったファミレスでの数時間が甦る。楽しそうに話す彼女、会話に入って行けず黙っている自分……思い出したくない時間だった。
こんな偶然、あるだろうか? 薫さんが一緒に働くことになるなんて……。
完全に固まってしまった私を、彼女は見つけ出してしまった。薫さんはすぐに一人で小さく笑うと、つかつかと歩み寄ってきて私に声を掛ける。
「璃子さん。お久しぶりです」
「あ、はい……びっくりしました……」
「知ってる人がいると安心だなー! よかった。いろいろ教えてくださいね」
薫さんは笑顔で私の手を掴み、愛想よくしていた。だがその手の力は強くて、手先に痛みを覚えるぐらいだ。私は引きつった顔で挨拶を返す。
「はい、よろしくお願いします」
脳裏に大輔の顔が浮かび、憎らしく思った。薫さんとあれだけ仲がよかったんだから、うちに来ることくらい話題に出てたんじゃないの? いや、多分私に伝えてなかっただけだろう。薫さんはあまり驚いていないようだし、知っていたような感じがする。
大輔はいつも、うちに来てもご飯食べてテレビばっかみてたから……。
でも薫さんとはいろいろあったけれど、仕事仲間になるのだしそこはしっかり切り替えていかなくては。私は無理やり自分にそう言い聞かせて、ざわざわと騒ぐ胸を必死に押さえつけた。
「あれ、二人って知り合いなんですか?」
ずっと見ていた霧島くんがひょこっと顔を覗かせる。薫さんは一瞬、霧島くんに見惚れたような顔をしたけれどすぐに切り替えた。
「共通の知り合いがいまして、一度食事を一緒にしたことがあったんです」
「へえ。そうなんですか。俺は霧島です、よろしくお願いします!」
「はい、よろしくお願いします」
二人は爽やかに笑い合い、挨拶を交わした。私はその後ろで、なんだか言い知れぬ不安を胸に抱いていた。