クズ男の本気愛
外回りを終え、ふらふらになりながら会社に戻っていた。夕暮れで空は赤く染まり出している。さんざん歩き回ったけれど、あまりいい成果を得られなかった。今日はなかなか集中できずに思い切り仕事が出来なかったように思う。最近いろいろあるせいだ。
霧島くんのことも、大輔のことも同僚のことも、とにかくたくさんのことが起こっていて疲れている。そしてさらには、薫さんと同じ職場になるだなんて……。
歩き疲れた足を引きずりながらなんとか会社までたどり着き、玄関を通り過ぎる。戻ってからもやることは山積みなので、残業は免れないだろう。でも今は、仕事で忙しい方がいいのかもしれない。幸運なことに明日は土曜日だし、週末はゆっくりしよう。来週はもっと忙しくなりそうだし。
「……一人でゆっくりする週末って、久々かも」
大輔はすぐどこかに出かけたがるので、私も付き合うことが多かった。疲れたときは家でゆっくりする、と宣言して誘いを断ることも多くあったが、大輔は夜になるとやってきて泊っていくので、一人きりで過ごすなんて本当に久々だ。
少し寂しいような、でも肩の力が抜けるような、そんな不思議な感覚に包まれる。
ちょうど一階に来たエレベーターに乗り込み、目的の階数を押した。ふうと息を吐きながらスマホを取り出して見てみると、大輔の名前でメッセージが来ていたので驚く。彼の荷物は全てまとめて送ったし、何か用でもあったのだろうか?
不思議に思って開いてみると、短文が見えた。
『そろそろ頭冷えたか?』
「……なんだこれ?」
首を傾げて考える。頭が冷える? 何が言いたいのだこの男。もしかして、私が意地を張って怒っているとでも思っているのか? 時間が経てば冷静になって、戻って来るとでも?
そう考えて、首を横に振った。
「いやまさかね。あれだけ本人に向かって無理って言って、合い鍵も返してもらったんだから、これを終わりだと思ってなかったら相当頭ヤバイ奴だよ」
一人でそう納得し、とりあえず本人に意味を聞こうとしたところでエレベーターが到着した。そのまま歩き出したところで、右側から薫さんが歩いてきたのでぎょっとする。
「あ……璃子さん」
彼女はすらりとしたパンツスーツを着て、いかにも出来る女、というオーラを醸し出しながら私に手を振って歩み寄ってきた。私は何とか微笑みを浮かべる。
「お疲れ様です」
「お疲れ様! 今ちょうど、会議が終わって……出向って初めてのことだから私もバタバタです」
頭を搔きながらそう言う薫さんに、少しだけ力が抜けた。ファミレスの一件であまりいい印象はなかったけれど、あれは忘れてきちんと仕事仲間として接すれば、案外それなりに上手く行くのかもしれない。
私たちは並んで廊下を歩き出す。
「でも薫さんすごく敏腕って伺っています。それで出向って……憧れますよ」
「全然ですよー! もう、知らない場所にきたもんだから疎外感凄いしやりづらくて。でも仕事だしきちんとやらないとですよねー……あ、そういえば」
ふと薫さんがこちらを見て、私の顔を見つめる。
「私のせいで大輔と揉めちゃったみたいで……ごめんなさいね?」
眉を垂らして彼女がそう言ったので、私は反射的に首を横に振った。
「いえ、そんな! 彼とは性格とか考え方が合わなかったな、っていう結論になっただけですから」
「えーでも、私にも責任ありますよ……璃子さん、寂しい毎日を送ってるでしょう? いい年だし、結婚とか意識してたんじゃないですか?」
そう言われてなんだか一瞬固まってしまったが、寂しい毎日という言葉がやけに頭に残った。大輔と別れてまだ少ししか経っていないけれど、私って寂しい毎日を送っていたっけ?
そりゃ別れは悲しかったとは思うけれど、思ったより落ち込んではない気がする。強がりとかでもなく、中津川さんのことだったり霧島くんのことだったり、とにかくいろいろありすぎて、大輔を思い出すこともほとんどなかった。