クズ男の本気愛
「今週はー高校の頃の友達とボルダリング行ってくるわー」

「そう」

「でも夜は泊まりに来ると思う」

「え、来るの?」

「だってさー璃子のご飯美味しいからさー」

 大輔はそう言ってスマホを適当に置くと、私を後ろから抱きしめてきた。さらには、その手が服の中に入ってくるのを感じ取り、慌てて振り返る。

「ご飯食べたばっかだし、一息つこうよ! お風呂もまだじゃない」

「俺もう消化したもん」

「してるわけないでしょ! 私はまだお腹いっぱいだし、ようやく全部終わったんだから」

「えー」

 拗ねたように私から離れる大輔を見て呆れる。彼はいつでも自分の欲に正直で、ちょっとこちらのペースを読んでくれない傾向にある。よく言えば引っ張って行ってくれるタイプと呼べるのかもしれないが、悪く言えば置いてけぼりになる。もう少しこちらの都合を色々考えてほしいのだが……。

 大輔はつまらなそうにテレビのチャンネルを変えながら恨みがましく言う。

「璃子はちょっと冷めてるよなー」

「そういう言い方師なくてもいいでしょ。ちょっと待ってって正直に言ってるだけじゃん」

「はいはい」

 彼のそんな姿を見ながらため息をつく。

 大輔の飾らない笑顔や正直なところは今でも好きだと思っている。ただ、付き合いだして小さなことがたくさん気になりだし、彼との未来が思い浮かべられなくなってきている。好きだけど、根本的に合わない感じがするのだ。

 私はどちらかと言えば堅実で真面目に生きていきたいし、一人の時間も大事にして待ったり過ごすのも必要だと思っている。自分の時間配分の意見が違うと、こうもズレてくるのかと思わずにいられない。

 それともう一つ、付き合いだしてからずっと気になっていることがある。それが――

「あ、薫だ」

 大輔のスマホが鳴り響き、画面を覗き込んだ大輔が呟いた時、心臓が鳴った。彼は電話に出て明るい声で話し始める。

「薫ー? どした? ああ今? 彼女んち。え、またかよ。はは、はいはい」

 笑いながら大輔は楽しそうに電話をしている。私はそれをじっと横目で見て、時折彼のスマホから漏れてくる女性の声にもやもやとした黒い物が大きくなっていくのを感じていた。

 数分電話をしたところで大輔は電話を切り、おもむろに立ち上がる。

「ちょっと薫が近くのファミレスに来てるらしいから行ってくるわ」

「え……また?」
 
 自分の声がかなり反抗的なのに気づいていた。大輔も感じ取ったようで、笑いながら私の頭にポンと手を乗せる。

「薫だぞ? 親友なんだから!」

 まるで悪びれる様子のない大輔に、私は小さく唇を嚙んだ。




 大輔と付き合いだしてからすぐ、彼に『薫』という親友がいることを聞いていた。どうやら高校時代からの友人らしく、気が合って今でも飲みに行くんだ、と話していたので、仲がいいんだなあと思っていた。

 薫さんは私と大輔が二人で過ごしている時、たびたび大輔を食事や飲みに誘いだし、朝まで付き合わせることがあった。なんだか私と一緒にいるときの呼び出しが多い気がしてもやもやしていたのだが、その薫という人が女性だと知った時、目の前が真っ白になった。

 性別を超えた親友なんだって! と大輔は笑っていたが、彼女がいる男性を夜呼び出し、二人きりで過ごすなんて非常識だと私は思う。しかも、朝まで帰って来ないなんて。

 何度か大輔にそう伝えたが、『あいつはサバサバしてて男友達と一緒だから、心配することは何もない』と言って聞いてくれないのだ。



「なんか……うちに来るときに薫さんからの呼び出し、多くない?」

 すでに行くつもりになって服を着替える大輔にそう言うと、彼は首を傾げる。

「そうかー? たまたまでしょ」

「ていうか、彼女の家にいるって言ってるのに呼ぶのって……普通は遠慮しないかな? 行く大輔もどうかと思う」

 私がきっぱり不満を伝えると、彼は振り返って笑う。

「やきもち? 妬く必要ないって! 薫はまじで男みたいだから。行かないとあいつ、すぐ拗ねるんだよー。どうせ合コンで変な男がいたーとか、そういう愚痴を聞かされるだけだし」

「でも朝まで二人でいるなんて」

「ファミレスや居酒屋じゃん」

 大輔はそう言って悪びれる様子もない。私は握りこぶしを作った。

 大輔は友達も多くてノリもいいやつだと分かっているけれど、ちゃんと私と付き合っているならこちらの気持ちも考えてほしい。やってきて食事だけして次は他の女性と会うなんて、こんなの都合がいい女みたいでいやだ。

 それも何回も何回も、繰り返しこんな目に遭っている。

「じゃあお前も来たら?」

「え?」

「薫は面白い奴だし、会えば璃子も絶対仲良くなれるから! いこ!」

 大輔は明るい笑顔でそう言った。仲良くなれる……という言葉に引っ掛かりを感じながらも、私は頷いた。仲良くなるのが目的というより、できれば夜に呼び出したりするのをやめてほしい、と伝えるつもりだった。


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