クズ男の本気愛
薫さんが待っているのは歩いて十分ほどのファミレスで、私は初めて来た場所だった。大輔は慣れている様子で店内に入り、すぐに相手の姿を見つけて軽く手を振る。
「あ、薫!」
大輔が声を掛けた人を見て驚く。いつも『男みたい』『サバサバしてる』なんて言い方をしていたので、てっきりボーイッシュな女性かと思っていたのだが、目の前にいたのはお洒落で綺麗な女性だったからだ。
ストレートの黒髪は長く、手入れが行き届いているようで艶がある。きりっとした顔立ちで化粧もしっかり施してあり、大人な女性、という感じがした。薫さんは大輔に笑顔を返したが、すぐに隣にいる私に気づいて真顔になる。
大輔と共に席にいき、彼は私を紹介した。
「彼女の璃子! 薫に会ってみたいっていうから連れてきた」
「ああ、そうなの……」
足を組み、頬杖をついた薫さんは、私をゆっくり見上げる。どこか敵意を感じる、嫌な視線に感じたのは気のせいなのだろうか。私は笑顔で頭を下げる。
「初めまして。高城璃子と言います。突然来てしまってすみません! いつも大輔が薫さんの話をしているので、私も一度会ってみたくて」
「あーそうなんですかー。増田薫といいます。いつも大輔を借りちゃってすみませんねー」
薫さんはニコッと笑い、私たちに座るように促した。夕飯を食べ終わっているので、私たちはドリンクバーと軽いデザートを注文する。緊張しながら座っていると、薫さんが話しかけてくる。
「真面目な感じの子でびっくり! 綺麗な彼女じゃん」
「はは、そうー?」
二人が笑いながら言ったので、なんとなくほっとして返事をしようとすると、薫さんがすぐに言葉をつづけた。
「大輔はいつももっとこうさー、明るい感じの彼女が多かったじゃん? 今回は意外だね。なんで付き合ったの?」
「えーでも璃子はしっかり者で料理とか上手いし」
「あはは、母親役かあ」
そんな風に笑われたのを見て、ぐっと胸が痛くなる。そんな言い方をしなくてもいいじゃないか、これだと家事などをさせるために付き合っていると言われている気がする。
だがこちらの気持ちにも気づいていないのか、薫さんが続ける。
「ていうか、私の話をよくしてるって、どうせ悪口言ってるんでしょ大輔はー」
「ははは、バレたか」
「そうだと思ったよ~どうせ女っぽくないですよ私は! でも大輔って、そういえば私といるときは彼女の話、全然言わなかったよねえ。だから今日、会えて嬉しいですよ璃子さん!」
薫さんはそう私に笑いかけてきたが、私は引きつった笑みを返すので精一杯だった。なんだろう、言葉の節々にとげを感じる気がするのは気のせいなのだろうか?
「ていうかお前がいつも呼び出すからじゃん。今日は何だよ」
「愚痴聞いてくれるなんて大輔ぐらいしかいなくてさ~。帰り道車の運転してた時窓を開けてたんだけど、虫が入ってきてヤバかったの! あと一歩で事故るとこだった!」
「ははは! 相変わらずくだらねー話だな!」
「ひどーい、だって私、こう見えて虫が苦手なんだもん。あ、その時こそ大輔を呼び出して退治してもらえばよかった。今度からそうしよー」
「人遣い荒すぎだろ」
「頼りにしてるー。家のベランダとかに虫が死んでたりするじゃない? いつも困ってんのよ。次から大輔を呼ぶね! 報酬はビール缶でどうだ!」
「ははは! なら結構いいバイトなのか?」
「あ、バイトって言えばさ。高校の頃の教頭いたじゃん? 今日同級生から聞いたんだけどさ……」
二人は高校時代の話で盛り上がり出し、私は会話にも入れずただ微笑んで聞いているしか出来なかった。少ししてデザートが運ばれてきたけれど、大輔は食べることもなくずっと薫さんと楽しそうに話しているので、仕方なく私が少しずつ一人で食べ始めた。
笑ってる二人に、ただ食べる私。
まるで空気みたいだ、と思った。
時々何とか会話に入ろうと言葉を挟んでみるも、すぐに話題を逸らされて置いてけぼりを食らう。薫さんは私のことをちらりとも見ないし、大輔だって隣にいる私のことなんて気にしていない。
虚しくてたまらなかった。
確かに無理やりついてきたのは私だけれど、だからってここまで疎外感を感じるとは思っていなかった。本当なら、『夜に急に大輔を呼び出すのはやめてほしい』って言いたかったのに、そんな話題を挟む暇もない。かといって、私と薫さんが仲良くなれそうな雰囲気はまるでない。
何しに来たんだろう。
泣きそうになりながら、私はすっかり無くなってしまったデザートの皿だけ見つめていた。
結局終電間際になってようやく解散になった。薫さんは『本当なら朝まで付き合ってもらってたけど、彼女がいるんじゃ解散するしかないね』と言って立ち上がったのだ。
会計をする間も私のことは見ず、大輔の肩に触れたり背中を叩いたりして、まるで二人が恋人同士のようだった。
最後まで私の方を見ることなく薫さんは去り、私と大輔はようやく帰路についた。
「薫、明るくて面白いだろ? ああやってくだらない話をするのが上手いんだよ」
もう真っ暗になった夜道を歩きながら、大輔がやけに自慢げに言った。
大通りには薬局や飲食店などがあったが、どれも営業が終わり真っ暗になっている。コンビニや街灯の明かりはあるが、人気も少なく、一日の終わりを示していた。私は無言で足早に自分のアパートに向かいながら、大輔の話を聞いていた。
「昔からそうでさー、ほんと男友達と一緒にいる感じ。今度は三人で飲みに行く?」
何も気が付く様子もなくそう言った大輔についに限界が達し、私は彼の正面に立って怒りをぶつけた。
「私は今日、空気みたいだったよ。三人で飲みに行くなんて絶対無理」
私が怒っていることに驚いたように、大輔は目も口もぽかんと開けた。
「え、空気? そんなことないっしょ。お前も楽しんでるかと……」
「高校時代の話とかばっかりで、私にわかる話題なんて何一つなかったよ?」
「そりゃしょうがないだろ、お前は高校違うんだし」
「ちょっと質問したり口を挟んでも、すぐに話題を逸らされて全く入れなかった!」
「なんだよ。お前が会いたいって言ったんだろ? 友達を悪く言うなよ。そもそも璃子のノリが悪いからだろうが」
大輔がむっとしたようにそう言ってきたのを聞いて、私の中で何かが冷静になった。
ああ、そっか、こんな時も大輔は向こうの味方をするんだ、って。
何も友達と遊ぶななんて言っていない。大人数で遊ぶ中で女性がいてもしょうがないと思うし、理解は出来る。でも二人きりで一晩中、私と一緒にいるときに何度も呼び出すなんて非常識がこの人には理解できないのだ。
そして、隣で私がこれだけ虚しい気持ちになっていることにも気づかず、それを訴えてもごめんの一言もない。
限界だと思った。
大輔のことは好きだけれど、私はこれ以上彼と一緒にいられない。
「……もういい」
「璃子?」
「大輔とはあまりに価値観が違うんだって思い知った。あなたとは付き合っていけない」
私がきっぱり言うと、呆気にとられたようだった。
「はあ? なんでそんな怒ってんの? 友達付き合いも管理したがるとか、お前重いよ?」
「別に薫さんに会うななんて言ってないよ! 二人きりでずっといるのが嫌だったの。いつも大輔が呼び出されて行っちゃった後、私が一人でどんな気持ちでいると思う?」
「だからお前も仲良くなればいいじゃん」
「今日の様子を見てどうやって仲良くなれっていうの? あっちの視界にも映ってない! 私はね、薫さんだけに怒ってるんじゃないの。こんなに訴えても何も耳を傾けてくれないあなたに嫌気がさしたの」
私は右手を差し出し、大輔の目を見て言う。
「私の家の鍵、返して。もう来ないで」
車が行き交う音だけが響く中、大輔は無言で私を見つめていた。今なら終電は間に合うし、今日泊まっていかなくても何とかなる。うちにある荷物はまた私が送ればいい。
少しして大輔はため息をつき、頭を搔く。
「話が極端だな……そんなに切れるとこかよ……」
「あなたとは感覚や価値観があまりに違いすぎる。もっといい人がいると思う」
「一旦頭を冷やした方がいいな」
「鍵、返して」
有無を言わさない私に諦めたのか、ポケットから鍵を取りだし、私の手に乗せた。たった三ヵ月の付き合いだったけれど、私はその前からずっと彼に好意を抱いてはいたので、別れが悲しくないわけじゃない。それでも、もう未来が見えない。
「今までありがとう、荷物は私が送っておくから」
「待てよ」
鍵をしっかり握った私は、大輔の声に振り向くこともなくそのまま真っすぐ自分の家に向かった。大輔は追いかけてはこなかった。
随分あっさりした終わりに、面白くもないのに笑ってしまう。
大輔といた時間は楽しいこともたくさんあった。向こうからすれば、『楽しかったのにこんなことで別れるなんてどうかしてる』と思ってるのかもしれない。でも、もう無理だった。
じんわりと涙が目に浮かぶ。
「……ああいう陽キャは私には合わないな……次はもうちょっと、自分に似た人にしよう……真面目でインドア派で、友達もそんなに多くない人がいい」
自分の鼻声はみっともなく、今が夜でよかったと思った。周りには誰もおらず、車の音だけが響いている。この泣き顔だって、見られることはない。