クズ男の本気愛
私はきっと彼を見据え、指を一本突き出した。
「一つ。霧島くんと付き合うと、周りの女性社員から顰蹙を買う」
「え、そんなことないですよ」
「一つ。二か月で別れてしまった後、同じ職場だと気まずい」
「絶対ないですって! 俺の初恋ですよ?」
「一つ。どう考えても釣り合ってないから、私が一人で自己嫌悪に陥りそう」
「それは俺の方ですよ」
「よって、霧島くんと付き合う選択肢はない」
「頑なだなあ……」
拗ねたように唇と尖らせた彼だが、すぐに何かを思い出したようにふっと一人で笑う。
「俺、昨日考えてたんですよ。先輩とのこと。付き合い長いのに自覚したの最近だし、じゃあ前はどうだったっけーって。そこで思い出したんですけど、俺と先輩って出会いは高校じゃないですか」
「懐かしいね。私がOBとして差し入れに行った時に、一年に霧島くんがいたんだよね」
もう十年以上前のことだ。陸上部だった私は卒業後、後輩たちに差し入れに行った。私は部活が大好きだったし、後輩たちもいい子ばかりで可愛がっていた。そんな中、新入生として霧島くんがいた。
彼は顔や言動がこれなので、あの当時からモテモテが伝わってきていた。校舎のベランダからこちらを見学する女子たちが多く、私が在学中はそんなことはなかったので、霧島くん目当てなんだろうなあと思っていた。
もちろん部内も、女子たちはみんな目がハート。
そういえば、と思い出す。彼の走る姿はとても綺麗で、私は顔がどうこうじゃなくてそのフォームにうっとりした覚えがある。大会でもいい成績を残していたし、凄かったなあ。
「あの頃からぶっちゃけ俺、めっちゃ女の子にモテてて。なんかじっと見てくる女子も多いし、告白だとかよくされてたし差し入れももらってたし」
「まあそうだろうねえ」
「モテるって嬉しいんですよ。ただ、大会近くになると正直ピリピリしてて、鬱陶しく思うこともあるんです」
「えっ。そんな風に思ってたの?」
意外な発言だ。彼はいつでもにこにこしているし、ピりついている姿なんて見たことがない。女子を邪険に扱っていることもなかったのに。
彼は少し目を伏せる。
「もちろん、表には出さないようにしてましたよ。贅沢な悩みだって言われるだろうけど、目立つがゆえに言動に気をつけないと、すぐ嫌な噂が流されるんですよ。まあ、どうでもいい人たちに嫌われたっていいけど、やっぱり揉め事は避けたい。特に大会近くはね。だから、心の中ではイライラしつつも、表では普段通りにしてたんですけど」
初めて、彼の苦悩が垣間見れた気がした。
霧島くんがそんな風に思っていたなんて、まるで知らなかった。いつだって子犬みたいな顔をして誰とでも仲良くなっていたけれど、人気者には人気者の苦悩があるんだ。
「そうだったの……」
「そんな時先輩が差し入れに来て初めて会って。そこで先輩、俺に凄い勢いでなんて言ったか覚えてます?」
「え……?」
霧島くんは目を細め、懐かしみながら笑った。
「『霧野くん、すっごいフォーム綺麗だね! 憧れる! 最高だよ!』って」
「そ、そうだっけ……?」
霧島くんはケラケラと一人で笑う。
「もしかして仲良くなるために適当に褒めたのかなって思ったんですけど、その後別に俺に話しかけてもこないしこっちも見ないで他の後輩の相談に乗ってるし、マジでフォームだけ褒められたんだって後で分かりました。俺、名前間違えられたのも、フォームだけ褒められて放置されたのも初めてでした」
「ほ、放置って……」
「凄く嬉しかったんですよ。だから俺から結構先輩に話しかけるようになって、たまにしか会えなかったけどまた来ないかなあって待ちわびてて。でも先輩も大学が忙しくなると自然と来なくなって、しょんぼりして。ねえ、分かります?」
彼はテーブルに頬杖をつき、私に笑いかけた。
「もしかしてもしかすると、俺ってこの頃から先輩が好きだったんじゃないかな、って」
そんな発言に、とうとう私の顔がぼっと赤くなった。
慌ててビールを飲んで誤魔化す。心臓がドキドキして痛いぐらいだ。
「そ、そんな馬鹿な……」
「完全に無自覚ですよ。俺馬鹿だから気付かなくて何も動かなかったけど、しばらく経ってうちの会社に入った時、先輩がいてめっちゃ嬉しかったの今でも覚えてますもん。これが恋だって知らなかったし、あまりに時間かかったけど、ようやく自覚出来てよかったです。遅すぎるだろ自分って、殴りたいけど」
私は俯いたまま、彼の顔が見られなかった。霧島くんが私を好きだなんてありえないと思っているし、彼と付き合うなんて考えられないと今でも思っている。
でも、これほど真っすぐ言われてときめかないなんて無理だ。
ちょうどその時、頼んだ料理が運ばれてくる。霧島くんは受け取りながら、あっけらかんとして言う。
「ていうのを伝えたかっただけです。すみません、こんなこと言われても困りますよね。今までの俺の過去を見て来てるんだから、そりゃすぐには信じられないとは思います。でも、本気だってアピールするのは止めたくないんで。さあ、とりあえずせっかくの週末ですし、力抜いて食べましょ!」
「う、うん……」
「先輩が酔いつぶれても、俺がちゃんと運んであげますから」
「そ、そんなことにならないよ!」
「はは! そうなったらいいのになあ」
「なんか言い方が怪しい!」
それ以降は、普段通りの話題に移った。仕事の愚痴や、最近の流行のことだったり、高校時代の話だったり。霧島くんとの会話は楽しくてとても盛り上がりを見せた。彼からの告白のことは一旦忘れ、私は素直に楽しんでいた。
そして、彼と交わしたあの会話が、まさかフラグになってしまうとは思っていなかった。