クズ男の本気愛
「冷蔵庫、大したもんないけどなんか作ってくれます?」

「え……本当に食べるの?」

「なんでもいいんで。ほんと」

 酔いつぶれて面倒掛けてしまった身としては、断るわけにはいかない。それに時計を見上げてみれば、だいぶ寝てしまったようで昼近くになっていた。私はやや困りつつも、冷蔵庫に移動して中身を覗いてみる。あまり多いとは言えない食材だが、いくつか野菜はあった。

 冷凍庫には、冷凍されたお肉やご飯などが少し入っている。

「霧島くん料理するんだ?」

「簡単な物しかやらないです。焼くだけーとか、レンジでチンしてーとか。あ、あと姉ちゃんがたまに泊まったお礼とかで作ったりします」

「なるほどね。私もそんな大したもの作れないけど……」

「なんでもいいです! そこに入ってるものなんでも使ってください」

 目を輝かせてこっちを見てくる霧島くんは、まるでご飯を待っている犬みたいだった。そんな様子に少し笑いながら、私が適当に食材を取り出し準備を始めると、うきうきした顔で彼が近づいてくる。

「何するんですか?」

「え、丼……適当に炒めるだけの……」

「いいですね丼! 俺好き! じゃあ、俺はこっちで味噌汁準備しよっかなーインスタントだけどいいですか?」

「えっ」

 私は驚いて振り返ってしまう。彼はきょとんとして私を見ていた。

「あ、インスタント嫌いですか?」

「ううん、全然いいんだけど……手伝ってくれるんだ、って思って」

「はは、インスタント作るだけで手伝うとか」

 霧島くんはそう笑ったけれど、いつだって大輔はソファで寝転んでテレビかスマホを見ているだけで、手を出すことは絶対になかった。私に言われて渋々やってる、ぐらいのものだったのに。

 なんだか新鮮に感じながらお肉や野菜を炒めていく。霧島くんはその間も、鼻歌を歌いながらルンルンで動き回る。

「あ、そろそろご飯チンしますねー」

「あ、ありがとう」

「箸は確か割りばしが……」

 私がメインを作っている間に、彼はご飯を準備してくれたり箸を準備してくれたりと、細かな部分をやってくれた。脳裏には、私が指摘して嫌々やっていた大輔の姿が蘇り、比べてはいけないと思いつつもどうしても思い出してしまう。

 こういうふうに手伝ってくれるのって、なんかありがたいなあ。

 機嫌よく料理をしていると、やけに視線を感じたので振り返る。霧島くんが背後からじいっと私を見ていたので面喰った。

「な、なに?」

「先輩がうちで料理してるとか、なんか凄いなあって。あと、キッチンに立つ先輩の後姿って何て言うか……」

「え?」

「めっちゃそそる」

「馬鹿なの!?」

「動画撮っていいですか?」

「いいわけないでしょ!」

 自分の顔が真っ赤になっている自覚があったので、顔を背けながら料理を続ける。でも、霧島くんがまだこちらを見ているのは感じ取れる。あまりに見られすぎて、穴が開きそう。手元が狂って変な味になっても知らない。

 ごそごそと動いているうちに、簡単な丼はすぐに完成してしまった。冷蔵庫にあったものをぶちこんで、甘辛く味付けをしただけの本当に簡単なものだ。

 それを運んでいくと、霧島くんが嬉しそうに顔を綻ばせた。

「うまそー!」

「こ、こんなのでごめん」

「え、十分じゃないですか。冷蔵庫に何もなかったの知ってるし。こんなの食べられるなんて贅沢ですよ俺」

 彼はそう笑って手を合わせ、しっかり挨拶をしてから食べ始める。なんだか緊張して様子を窺っていると、霧島くんが大げさなぐらい嬉しそうに頷いた。

「めっちゃうまい! ご飯進む味ー!」

「ならよかった」

「最高ですね。作ってくれてありがとうございます!」

 霧島くんはそう言って、あっという間に丼を完食してしまった。それはそれは気持ちのいい食べっぷりで、見ているこちらが幸せな気持ちになるくらいだ。私は微笑んでそれを見ながら、自分も食べる。

 特別美味しいってわけじゃない、ありあわせの物。でもこんなに美味しそうに食べてくれるなんてありがたいな。

 霧島くんは食べ終わった後、じっと私を眺めているので、なんだか気になって尋ねる。

「なに? そんなにみられると気まずい」

「いや、やっぱり先輩が作ってくれたご飯はめっちゃ美味しかったなって。分かってたんですけど」

 それを聞いて、はっと彼と交わした会話を思い出す。大輔のどこが好きだったのかと聞かれて、『明るくて飾らず、作った料理とかいつも大げさなぐらい美味しいと言ってくれた』と答えたことがある。

 そして彼はこう答えた。『そんなの、俺だって絶対美味しいって食べますよ!!』と。

 確かにその通りだった。霧島くんはあんな簡単に作った料理を、凄く喜んでくれていた。それに、私を気遣ったり手伝ったりもしてくれて――

「……あ、えっと、うん。ありがとう」

「……次は先輩の家に行きたいです」

「え!?」

「いつかね」

 そう微笑んだ霧島くんは、どこか寂しそうに見えたので言葉に詰まる。私が彼を家に呼ぶなんてこと、ありえないと思ったのだが、強く断れなかった。




 食事のあとはゆっくりお茶を飲んで、仕事の話などをしながらまったり過ごした。その後、二人分の洗い物を霧島くんがしてくれている間、私は元の服に着替えて帰宅の準備をした。

「本当にもう帰っちゃうんですか」

 お皿を洗い終わった霧島くんがしょんぼりしたようにこちらを見てくる。その顔にぐっと一瞬困ったものの、私はカバンを手にして頷いた。

「急にお邪魔してごめんね。洗い物もありがとう」

「別にそれはいいんですけど……せっかく休みだし、もう少しゆっくりしても」

「もう充分ゆっくりさせてもらいました。着替えは洗濯して返すね」

「そのままでいいです! 先輩、来週もご飯行ってくれますか?」

 私の顔を覗き込むように彼がそう言った。その表情に一瞬どきりとしつつ、必死に隠して平静を装う。

「来週はね、多分仕事がバタバタしそうなんだ。今ちょっと大きな案件を任されてて、そっちで手一杯になりそう」

 嘘ではなかった。前々から準備してきた仕事の大詰めといったところで、あまりゆっくりする暇はなさそうなのだ。これは、霧島くんも分かってるはず。

「あーそっかあ……」

「私は霧島くんみたいに器用じゃないから、下準備に時間がかかるんだよね。絶対成功させたいし!」

 ガッツポーズを取って見せると、彼がふにゃっと笑って見せる。

「そうですね、応援してます。じゃあ送りますよ」

「いい! いい! 本当に大丈夫だから!」

 彼と一緒にマンションを出て行くなんて、どこで誰が見ているのかわからないので怖すぎる。私が必死に断ると、拗ねたように口を尖らせた霧島くんだが、すぐに表情を戻し、

「仕事が落ち着いたら、絶対また遊びましょうね?」

 そう言って眉尻を下げて私を見つめた。一瞬たじろぎながらもつい頷いてしまう。

「うん、また今度」

「約束ですよ」

 霧島くんはぱっと顔を明るくさせてそう笑った。眩しいほどの笑顔になんだか困り、私はそそくさと家を出る。彼は最後まで名残惜しそうに私を見送り、姿が見えなくなるまで扉を開けてこちらを見ていた。

 エレベーターに乗り込んでようやく霧島くんの姿が見えなくなったところで、私ははあと深いため息をついてしゃがみこむ。全身の力が抜けてしまった。

 こんなことになるなんて思ってなかった。霧島くんのお家にお邪魔してしまうなんて……反省しなくてはならない。

「……でも、楽しかったな」

 起きた時はびっくりしたけれど、簡単に食事を作ってそれを食べて、くだらない話をしながらまったりできた。そういえば、大輔といたときはこんな時間なかったかもしれない。

 それに、私の言動にいちいち喜んだりしてくれる霧島くんの反応は、さすがに思ってしまう。『本当に私なんかが好きなの?』と。

 人を好きになったことがないなんて言っていたモテ男が、私なんかに本気になるわけがないって思ってた。一時の気の迷いだって、面白がってるだけだってずっと心で思ってた。でも、あんな顔を見てしまったら――

 顔が熱くなったところで一階に到着し、慌てて立ち上がってエレベーターを降りる。とりあえずスマホで帰り道を検索しようと思って取り出し、そういえばずっと見ていなかったっけと思い出した。
 
 そこには、いくつかメッセージが残されていた。

『無視?』

『意地になってる? 別に今なら俺、全然許せるし』

『おーい』

『もしかしてまだ拗ねてる? いい加減素直にならないと俺も怒るよ』

「……げ、忘れてた」

 全て大輔からだ。よくわからないメッセージが来ていて、返信しようと思ってすっかり忘れていたのだ。この文面を見るに、もしやこいつは本当にまだ別れていないつもりなのだろうか? もしくは、すぐにヨリを戻すつもりだったのか。

「勘弁してよ!!」

 私は悲痛な声を上げて天を仰いだ。皮肉なほどに空は晴れていて、それがやけにむかついて仕方がなかった。

 私の中ではとっくに終わったことになっているし、あんなのと付き合っていたことを後悔していたくらいなのに。
 
 とりあえず、『私たちはもう別れたので連絡しないでください』とだけ送って、ふらふらと歩きながら帰宅する。

 せっかく楽しい気分だったのに……全部台無しだ。

 大輔からの返信は来なかった。
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