クズ男の本気愛
結果は出せた。
全てが終わった時、心の中で思いっきり万歳してしまった。今回、私にとっては結構大きい契約だったし、絶対にうまく行かせたいと意気込んでいたので本当に嬉しかった。
無事会社に戻り上司に結果を報告すると、上司も目を細めて褒めてくれたので嬉しくなる。こういう瞬間って、何年経っても心がムズムズしてはしゃいでしまいそうになる。アラサーでも、結果を出して褒められれば嬉しいのだ。
でも霧島くんが気づいてくれなかったと思うとぞっとする。もしかしたら上手く行かなかった可能性もあるかもしれない。彼には頭が上がらない。
上司と話し終えた後デスクに戻ると、霧島くんが笑顔で近づいてきた。
「先輩、よかったですね!」
「霧島くんのおかげだよ……! ほんっとうにありがとう!」
私が深々と頭を下げると、隣の敦美が振り返って会話に加わる。
「凄いね璃子! やったじゃん~でも、霧島くんのおかげって?」
「ああ、カバンに入れておいたはずの書類がなくて……会社にあったのを霧島くんが気づいて持ってきてくれたんだよね」
「え、璃子がそんな重要なものを忘れた?」
敦美も、珍しいものをみたと言わんばかりに目を丸くする。霧島くんは私のデスクの足元を見た。
足元右側に引き出しがついているのだが、彼はそこの内側を指さす。
「ここ、ここ。ここに立てかけるようにあったんですよ、書類」
「えっ……なんでこんなところに……?」
首をひねる私と、敦美は違うところに感心していた。
「よく気づいたねー霧島くん」
「美味しいチョコ見つけたから先輩のデスクに置いておこう―って思って近づいたら足に当たって」
「璃子にチョコの差し入れとか、相変わらず仲いいんだからー」
敦美はにやにや意味深な顔でこちらを見てくるが、やめてくれ。まだあのお酒の失敗を彼女には伝えていないのだが、何か感づいているのか、よくこういう目で見てくるのだ。
だが霧島くんはその話題に乗ることなく、何か考えるように腕を組んで真剣な顔をしている。その時ふと、どこからか視線を感じ振り返ってみると、薫さんと中津川さんが並んでじっと私を睨んでいるように見えた。ただ、目が合った途端二人は逸らす。
……なんだか、敵意をもたれているような……。
そう不安を抱きつつ私も目を逸らすと、今度はバチっと霧島くんと目が合ってしまった。彼はじっと私を見ており、何かに勘づいたようにすっと目を細める。
彼のそんな表情に少し戸惑って視線を落とした。見抜かれているような、そんな目だった気がする。
でも霧島くんは特に何も言わず、にっこり私に笑いかけた。
「これで落ち着きそうですね」
意訳すると、『ご飯とか行けますね』ということだ。今回は本当に助けられたし、私は彼にお礼をしなくてはいけないので、奢ることにしよう。そう思って素直に頷いた。
そんな私たちを敦美がちらちらと見比べてにやりと笑う。あ、これ、絶対気づかれてる。告白のこととか、そろそろ彼女に言わなきゃかな。
久しぶりに早く帰れることになり、私はほっとして帰り支度を整えて出た。もし時間が合えば霧島くんを食事に誘おうか、と思っていたのだが、彼は営業先から帰って来ておらず、まだ時間がかかりそうなので今日はやめておく。また帰ってラインしてみよう。
私はエレベーターに乗って玄関へ向かう。今日はゆっくりお風呂に浸かれそう。足もパンパンだし、マッサージもしたいなあ。なんて思いながら機嫌よく歩いていると、玄関の所に見覚えのある顔があったので足を止める。
大輔だった。
別れてから顔を合わせるのは初めてだ。彼は壁際でスマホを眺めていたが、ふっと顔を上げて私を見つけ小さく手を振る。
……待ってた?
怪訝な顔を隠さずに大輔に近づくと、彼はほっとしたように言う。
「ようやく会えたわー最近忙しかった?」
「え……ま、まあ」
確かにここ最近ずっと残業続きだった。もしかして、毎日ずっとこうやって私を待ち伏せていたの?
一気に怖さが押し寄せて緊張感が走るが、大輔はいつも通りへらへらと笑った。
「なんかさーラインでは埒があかねーし、とりあえず一度会った方がいいなって思ったわけ。あれから少し時間も経ったし、璃子も落ち着いたでしょ?」
「……あのさ、同期たちにどんなふうに言い振り回したの? さも私が悪いみたいに言われて、いい気分じゃないんだけど」
私はぐっと大輔を睨みつけてそう言った。私が彼と話したい内容としてはそれしかない。周りに変な噂を流さないでほしい、それだけだ。
だが彼は反省する様子もなく、むしろ心外だとばかりに目を丸くする。
「え? 別に事実を言っただけだけど。お前が薫と俺が会うの気に入らないってキレたんじゃん。つか、今薫がこっちに来てるだろ? これを機にお前たちが仲良くなれば万事解決なのに」
「解決も何もないでしょ。あなたとはただの同期だし、薫さんとは仕事仲間ってだけなんだから」
私がきっぱり言うと、大輔の顔から笑みが無くなった。
「お前いつまで意地張ってるの? まあ、俺にも悪い所あったのかもしれないし謝るよ。女心とか鈍いのかも」
俺に『も』ってなんだ、『も』って。私にも悪い所があったということか?
「女はやっぱり嫉妬心とかあるじゃん? それだけ俺の事が好きってことだよって同期も言っててさ、あー確かに? と思って。あんまり重いのは窮屈だからこれからも気を付けてほしいけど、とりあえず薫と二人きりで会うのはやめるよ。誰かほかにも誘うか、お前が来ればいいし」
「……だからさあ」
私はため息をついて頭を抱え、顔を歪めた。別れた一番の原因は嫉妬どうこうより、大輔の思いやりのなさなのだ。三人で会ってる時も私だけ会話に入れず一人ぼっちだったのに、どうしてまた私を連れ出そうとするのか意味がわからない。
「もう私たち別れたんだから、そんな話されても」
「俺、別れるのに同意なんかしてないけど? 璃子が勝手にキレただけじゃん」
「はあ? 何その理論!」
「まーまー。お前ん家帰ろ? 璃子の作った生姜焼き食べたいなー璃子って俺のために料理するの、好きじゃん? 俺も璃子の料理大好きでさ! どこで食べるより璃子の生姜焼きが一番うまいと思っててー」
私の背中に手を当てて一緒に歩き出す大輔を思い切り払い、私は彼を睨みつけた。そんな私の姿に、大輔もようやくこちらの気持ちを悟ったのか、真剣な眼差しになる。