クズ男の本気愛
「つかさ。同期が言ってたけど、あいつらがお前を説得しようとしたら後輩の男が割り込んできたらしいじゃん? なに、次そいつ狙ってんの? だから俺はもういいやってこと?」
「そんなんじゃ……」
「お前自分の事分かってる? アラサーのとびぬけた美人でもない璃子が、年下のイケメン狙っててもしょうがないって。璃子はもっと賢いはずだろ、やけくそになるのはやめろよ。相手にされない男追っててもしょうがないじゃん」
「黙って聞いてれば好き勝手言って! いい加減にしてくれる? 私は大輔と別れたし、もうよりを戻すつもりもないの!」
「ちゃんと聞けって。俺はさ、何も考えてなさそうに見られるけど、ちゃんと考えてるんだよ。璃子とは結婚だって意識してる。子供だってほしいなって思うし、璃子は絶対いい母親になる! 一旦璃子も落ち着いて、ちゃんと考えよ?」
埒が明かない。一体この男は何を言っているんだろう、と理解できずくらくらした。
私の中ではとっくに終わった話だった。実は別れてからそんなに時間は経っていないけれど、完全に過去の話。最近は仕事や霧島くんのことでいっぱいで、大輔のことを思い出す時間だってほとんどなかった。
なのにまさか、向こうは別れていないなんて言い出すとは。
「……いい? 大輔。私はあなたの家政婦役はうんざりだし、思いやりがないところも嫌なの。結婚だって絶対に考えられない。もうこれで終わりにして」
「は? お前……俺がこんなに歩み寄って下手に出てるのに、なんだそれ。思いやりがないのはそっちのほうだろ」
下手? 歩み寄り? 別れたいというのが、思いやりがないことになるのか。私はため息をついて首を横に振る。
今では、何で大輔と付き合ってしまったんだろうと後悔すら持っている。友達として一緒にいる分には楽しかったのだ。みんなで集まるとき、盛り上げ役でよく笑って、私にはない積極性があるところもいいと思って好きになった。でも、付き合ってみるとまるで違った。
思いやりなんてこれっぽっちもない。いつも自分の意見とペースを絶対に変えず、私のことを見てくれてはいなかった。
霧島くんみたいに、ちょっとでも料理を手伝おうとしてくれたり、私が困ってる時に気づいてくれるようなところがあればよかったのに……。
そう思ってしまった時、自分がこんな時に霧島くんを思い出したことに驚き、慌てて振り払った。
「とにかく、もうよりは戻さないし、周りにべらべら喋るのやめて!」
「璃子!」
大輔がこちらに向かって手を伸ばしたけれど、私はそれを避けて走り出した。これ以上、大輔と話しているとこっちがおかしくなりそうだ。
全力で会社から遠ざかり、途中一度だけ振り返ってみたけれど、大輔が追ってきている様子がなかったので安堵する。だいぶ離れたところで足を止め、乱れた息を落ち着かせた。
大通りを選んで走ってきたので、人通りもまずまずある賑やかな歩道だ。周りの人は全速力だった私をちらりと見てくる。
「はあ……せっかく仕事も上手く行って気分良かったのに……」
帰りにこんなことが待ち受けているなんて予想もしていなかった。大輔が別れていないつもりだったのも驚きだし、また私とやり直すつもりだったのも信じられない。さんざん放置してたくせに、いまさら……。
「帰ろ」
一人で呟き、とぼとぼと歩き出す。あんなんでも前は好きだと思っていたのに、自分って見る目がないのかな。
「……い、先輩!」
遠くで声が聞こえ、足を止める。日が傾いて少し暗くなっている景色の中に、こちらに向かって走ってくる男性の姿を見つけた。
「あ、霧島くん?」
「あーっ。まだ帰ってなかった、よかった! 随分仕事が長引いちゃって……」
私の前まで来た霧島くんは息を乱しながらそう笑った。今日は彼の走る姿を見てばかりだ。
そんな彼の様子を見て、自然と顔が緩んでしまう。
「霧島くん、お疲れ様」
「先輩こそ。今日は帰る前に、ちょっと話したいなって思ってたんですよ」
「あ、そうだよね。今日、霧島くんが書類を届けてくれたから凄く助かったし、お礼に奢らせて! 最近残業続きでなかなかご飯に行けなかったし」
「えっ!」
彼が目を見開いて飛び上がったので、その様子に私も驚いてしまう。
「え、な、なに?」
「……先輩から誘われるなんて初めてだ、って思って……」
呆然としたようにそう呟いた霧島くんは、次の瞬間目を線にして嬉しそうにはにかんだ。彼のそんな顔を見た途端、自分の心臓が痛いくらいに鳴り響く。
ちょっとお礼に食事に誘っただけで、なんでそんな嬉しそうに……。
なぜか誘ったこちらも恥ずかしくなってしまい俯いてしまう。
「そ、そうだったかな……」
「でも、今日はやめときましょ。先輩、ずーっと残業続きで忙しかったでしょう? 今日ぐらい早く帰って休んだ方がいいですよ。今週のどっかでまた、行きませんか?」
「えっ……」
「まずは自分を大事にね」
そんな返事をくれた霧島くんに感激してしまった。こんな時までこちらを気にかけてくれるなんて。確かに、体に疲れを感じているのは事実なのだ。
「あ、ありがとう……」
「また酔って帰れなくなったら今度は襲っちゃいそうですしね!」
「や、やめてよもう! でもほんと、今日霧島くんが気づいてくれなかったらどうなってたか。お礼を言いたくて。気づいてくれてありがとう」
「そりゃ気付きますよ。いっつも先輩を見てるもん」
「……」
「だからこそ、聞いておきたかったんです。なんか、最近嫌がらせみたいなのされてません?」
霧島くんの声が急に低くなり、私は戸惑った。私も少し思う節があったが、確定ではないと思っている。
「えーと」
「書類だけあんなとこに置かれてたなんておかしいし。それに、先輩予備も持ってたのにそっちはどこ行ったんだって話ですよ。故意に誰かがやったとしか考えられない……本当は今日、周りに追及したかったけど、まずは先輩と話したくて」
「書類は確かにおかしいと、私も思ってる。でも証拠はないし」
「他には何かされてませんか?」
霧島くんに尋ねられて思い浮かんだのは、会議の時間変更の件だった。でもあれこそ、私の思い違いの可能性もあるし犯人が明確になるので、簡単に言ってしまっていいのか思い悩む。
少し黙り込んでしまった私を見て、霧島くんが顔を覗き込んだ。彼はどこか悲し気な顔をしている。
「そんなんじゃ……」
「お前自分の事分かってる? アラサーのとびぬけた美人でもない璃子が、年下のイケメン狙っててもしょうがないって。璃子はもっと賢いはずだろ、やけくそになるのはやめろよ。相手にされない男追っててもしょうがないじゃん」
「黙って聞いてれば好き勝手言って! いい加減にしてくれる? 私は大輔と別れたし、もうよりを戻すつもりもないの!」
「ちゃんと聞けって。俺はさ、何も考えてなさそうに見られるけど、ちゃんと考えてるんだよ。璃子とは結婚だって意識してる。子供だってほしいなって思うし、璃子は絶対いい母親になる! 一旦璃子も落ち着いて、ちゃんと考えよ?」
埒が明かない。一体この男は何を言っているんだろう、と理解できずくらくらした。
私の中ではとっくに終わった話だった。実は別れてからそんなに時間は経っていないけれど、完全に過去の話。最近は仕事や霧島くんのことでいっぱいで、大輔のことを思い出す時間だってほとんどなかった。
なのにまさか、向こうは別れていないなんて言い出すとは。
「……いい? 大輔。私はあなたの家政婦役はうんざりだし、思いやりがないところも嫌なの。結婚だって絶対に考えられない。もうこれで終わりにして」
「は? お前……俺がこんなに歩み寄って下手に出てるのに、なんだそれ。思いやりがないのはそっちのほうだろ」
下手? 歩み寄り? 別れたいというのが、思いやりがないことになるのか。私はため息をついて首を横に振る。
今では、何で大輔と付き合ってしまったんだろうと後悔すら持っている。友達として一緒にいる分には楽しかったのだ。みんなで集まるとき、盛り上げ役でよく笑って、私にはない積極性があるところもいいと思って好きになった。でも、付き合ってみるとまるで違った。
思いやりなんてこれっぽっちもない。いつも自分の意見とペースを絶対に変えず、私のことを見てくれてはいなかった。
霧島くんみたいに、ちょっとでも料理を手伝おうとしてくれたり、私が困ってる時に気づいてくれるようなところがあればよかったのに……。
そう思ってしまった時、自分がこんな時に霧島くんを思い出したことに驚き、慌てて振り払った。
「とにかく、もうよりは戻さないし、周りにべらべら喋るのやめて!」
「璃子!」
大輔がこちらに向かって手を伸ばしたけれど、私はそれを避けて走り出した。これ以上、大輔と話しているとこっちがおかしくなりそうだ。
全力で会社から遠ざかり、途中一度だけ振り返ってみたけれど、大輔が追ってきている様子がなかったので安堵する。だいぶ離れたところで足を止め、乱れた息を落ち着かせた。
大通りを選んで走ってきたので、人通りもまずまずある賑やかな歩道だ。周りの人は全速力だった私をちらりと見てくる。
「はあ……せっかく仕事も上手く行って気分良かったのに……」
帰りにこんなことが待ち受けているなんて予想もしていなかった。大輔が別れていないつもりだったのも驚きだし、また私とやり直すつもりだったのも信じられない。さんざん放置してたくせに、いまさら……。
「帰ろ」
一人で呟き、とぼとぼと歩き出す。あんなんでも前は好きだと思っていたのに、自分って見る目がないのかな。
「……い、先輩!」
遠くで声が聞こえ、足を止める。日が傾いて少し暗くなっている景色の中に、こちらに向かって走ってくる男性の姿を見つけた。
「あ、霧島くん?」
「あーっ。まだ帰ってなかった、よかった! 随分仕事が長引いちゃって……」
私の前まで来た霧島くんは息を乱しながらそう笑った。今日は彼の走る姿を見てばかりだ。
そんな彼の様子を見て、自然と顔が緩んでしまう。
「霧島くん、お疲れ様」
「先輩こそ。今日は帰る前に、ちょっと話したいなって思ってたんですよ」
「あ、そうだよね。今日、霧島くんが書類を届けてくれたから凄く助かったし、お礼に奢らせて! 最近残業続きでなかなかご飯に行けなかったし」
「えっ!」
彼が目を見開いて飛び上がったので、その様子に私も驚いてしまう。
「え、な、なに?」
「……先輩から誘われるなんて初めてだ、って思って……」
呆然としたようにそう呟いた霧島くんは、次の瞬間目を線にして嬉しそうにはにかんだ。彼のそんな顔を見た途端、自分の心臓が痛いくらいに鳴り響く。
ちょっとお礼に食事に誘っただけで、なんでそんな嬉しそうに……。
なぜか誘ったこちらも恥ずかしくなってしまい俯いてしまう。
「そ、そうだったかな……」
「でも、今日はやめときましょ。先輩、ずーっと残業続きで忙しかったでしょう? 今日ぐらい早く帰って休んだ方がいいですよ。今週のどっかでまた、行きませんか?」
「えっ……」
「まずは自分を大事にね」
そんな返事をくれた霧島くんに感激してしまった。こんな時までこちらを気にかけてくれるなんて。確かに、体に疲れを感じているのは事実なのだ。
「あ、ありがとう……」
「また酔って帰れなくなったら今度は襲っちゃいそうですしね!」
「や、やめてよもう! でもほんと、今日霧島くんが気づいてくれなかったらどうなってたか。お礼を言いたくて。気づいてくれてありがとう」
「そりゃ気付きますよ。いっつも先輩を見てるもん」
「……」
「だからこそ、聞いておきたかったんです。なんか、最近嫌がらせみたいなのされてません?」
霧島くんの声が急に低くなり、私は戸惑った。私も少し思う節があったが、確定ではないと思っている。
「えーと」
「書類だけあんなとこに置かれてたなんておかしいし。それに、先輩予備も持ってたのにそっちはどこ行ったんだって話ですよ。故意に誰かがやったとしか考えられない……本当は今日、周りに追及したかったけど、まずは先輩と話したくて」
「書類は確かにおかしいと、私も思ってる。でも証拠はないし」
「他には何かされてませんか?」
霧島くんに尋ねられて思い浮かんだのは、会議の時間変更の件だった。でもあれこそ、私の思い違いの可能性もあるし犯人が明確になるので、簡単に言ってしまっていいのか思い悩む。
少し黙り込んでしまった私を見て、霧島くんが顔を覗き込んだ。彼はどこか悲し気な顔をしている。