クズ男の本気愛
「……俺、相談しづらいですか? 先輩の事好きって言っちゃったから? 自分に好意持ってる相手に相談とか、先輩は気にしそうですもんね」

「い、いや」

「でもそんなこと忘れてください。いや、ほんとは忘れてほしくないですよ? 俺は先輩と付き合いたいし。ただそれより、先輩が困ってるのに蚊帳の外の方がずっと嫌。ちゃんと力になりたいんです」

 彼のガラス玉みたいな瞳が揺れて、びっくりするぐらい真っすぐな言葉をくれたとき、私は全く別のことを考えてしまっていた。嫌がらせのことだとか、大輔のことだとか、考えたいことは山ほどあるのに、目の前で私を心配する彼のことで胸がいっぱいになってしまった。

 私を好きだなんて、何かの間違いだって思っていた。年も上だし、こんなモテる子が私なんて本気にするわけがないだろう、って。

 ただ、彼をずっと見ていると信じられないくらいいつでも真っすぐだ。私を気にかけて、心配してくれて、支えようとしてくれている。こんなことをしてくれる人は今までいなかった。とてつもなく大きな優しさで私を包んでくれている。そして私は、そんな彼の一つ一つの優しさを浴びてすっかり意識してしまっている。

 自覚した途端、ぶわわっと顔が熱くなって心臓が痛くなった。

 顔が燃えてるみたい。
 
「先輩?」

 赤面顔を隠すために両手で顔を覆った私を、不思議そうに霧島くんが呼んでくる。駄目だ、ドキドキが収まらない。

「どうしました?」

「……霧島くんって……」

「はい?」

「本当に、私を好きでいてくれてるんだね……」

 普通だったらおこがましいと思うようなセリフをつい、ポロリと漏らしてしまう。私は恋愛経験が豊富な方ではないけれど、これまで付き合ってきたどの男性よりも霧島くんが一番大事にしてくれている気がした。

 すると霧島くんは、ふふっと小さく笑う。

「最初から言ってるじゃないですか」

「……」

「それを信じてくれるようになっただけ一歩前進です。まあ、俺のせいなんですけどね……後悔しましたよ、何で今まで手あたり次第女の子と付き合ってきちゃったんだろうって。そりゃ信頼もされないですよね。でもほんとに、俺はちゃんと先輩が好きです」

 彼の言葉はあまりに直球すぎて、あまりに恥ずかしい。私の心臓に直接突き刺してくるような物ばかりで、言われるたびに胸が痛くなる。

 ただ、それが心地いいなんて。

「もー自分がこんな風に悩むとか、想像もしてなかったっていうかー」

「……ごも?」

「え? 何ですか?」

「……二か月後も、そう思ってくれる?」

 恥ずかしさで涙を浮かべながら、私はそう小さな声で言った。霧島くんに届くかどうかわからないくらいの大きさで。

 けれど霧島くんは私が言い終わった後、ぴたりと動きを止めて瞬きすらしなかった。そのまましばらく沈黙が流れ、あまりに気まずくなって私ぎゅっと目を閉じる。

「あ、あの、今のは――」

 私が言いかけたところで、突然霧島くんが私の腕を強く引いてすぐ横にある路地裏に引っ張り込んだ。されるがままついていくと、私を壁際に隠すようにした霧島くんは、何も言わずに思い切り抱きしめてきた。

 急なことにこちらは体を固くしてしまう。ふわりと霧島くんの香りがして、脳内がフリーズする。

「……なんすか、それ……可愛すぎでしょ……」

 霧島くんのくぐもった声が聞こえる。少しだけ、震えているように感じた。

「……あの、霧島くん……」

「もー返事聞く前に触っちゃったじゃん!」

 霧島くんがばっと私を一度離し、私の両腕を掴みながら顔を顰めている。どこか余裕のなさそうな、不満げな顔だ。

「俺、恋愛関係において信頼ないだろうから、絶対ちゃんと付き合うまでは触らないって決めてたのに!!」

「え、そうだったの……?」

「……あ、いや、先輩が寝てる間ちょっとだけ触りましたすみません……」

「そ、そういう報告いいから!!」

 ていうかどこをどうやって!? という質問は置いておこう。

 霧島くんはぐっと表情を引き締め、私をしっかり見つめる。

「先輩、俺今回は本気だし、絶対大事にするって誓います。だから……お願いだから付き合って?」

 懇願するような言い方をするのは、彼のずるいところだ。そんな目で見つめられて、私が断れるはずもない。

 ……いや、ずるいなんてことはない。私がとっくに惹かれていて、彼のこういうところに弱いだけ。

 少ししてこくんと頷いた。それを見た霧島くんはわっと声を上げて、再び私を強く抱きしめる。

「やった!」

「わ、く、くるしい!」

「あー! すみません! 力加減も忘れちゃってた、やばいやばい」

 慌てて離した霧島くんの表情は本当に嬉しそうな顔で、私もつられて笑ってしまった。あのとんでもないモテ男と付き合うなんて私も思い切ったことをしてしまったと思うが、好きになってしまったからには仕方がない。

 彼の言葉を信じてみよう。大事にするって約束してくれたんだから。

「あの、先輩。俺……」

 霧島くんが何か言いかけたとき、彼のポケットから着信音が聞こえてきた。霧島くんは鬱陶しそうに取り出し画面を見ると、さらに顔を歪めて私に断りを入れた後、電話に出た。

 数十秒話したところで電話を切り、はあーと深いため息をつく。

「すみません先輩。俺、会社に戻らないと……」

「あっ! そ、そうだよね。ごめんね長々と! ほら、帰って」

「はあ。やっと付き合えて最高の気分なのに……」

「明日はご飯、行こうか」

 私がそう誘うと、彼は一気に口角を上げて嬉しそうに頷いた。まるで耳と尻尾が生えたみたいに見えてしまい、ふふっと笑った。

「その時こそゆっくり話しましょう。嫌がらせのことについてもね。彼氏になったんだし、ちゃんと言ってくださいよ」

「う、うん」

「じゃあ、すみません。また明日!」

 彼はそう言って一旦立ち去ろうとしたが、すぐにくるりとまたこちらに振り返り戻って来る。一体どうしたんだろうと首を傾げていると、少し言いにくそうに言う。

「最後にもう一回だけ……抱きしめてもいいですか?」

 まさかそんなことを言われるとは思ってもおらず、またしても顔を熱くさせながら、断る理由なんてないので頷いた。それを見て、霧島くんは今度はそっと私を抱きしめた。優しく、大切な物を扱うようなやり方だった。

 心臓の音が彼にまで聞こえてしまったらどうしよう、と心配になるぐらい、私の胸はずっと鳴っている。

「……元気出ました。ありがとうございました」

 霧島くんはそれだけ言うと、小さく手を振って今度こそ立ち去って行った。一人残った私は、呆然とその後姿を見送りながら、今さっきまで感じていた彼のぬくもりに浸っていた。

 ついに、付き合うことになっちゃった。

 あんな凄い恋愛歴を持った人と……。

 嬉しくもあり、ちょっと不安もあった。今まで付き合ってきた人とあまりにタイプが違うので、一体これからどんな日々が待っているのか想像もつかないから。


 やっと付き合いだすことになった私と霧島くん。

 そんなシーンの裏側では、また違う事件が起こっていた。
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