クズ男の本気愛
「ったくなんだよあいつ……ふざけんなよ」
会社のすぐ前で璃子を追うことを諦めた大輔が、苛立ったように頭を搔いた。こっちが折れてやってるのに、なぜあんなにも素直にならないんだ。そんなに頑固な奴だとは知らなかった。
結婚を意識してると教えてやれば、泣いて喜ぶと思っていたのに。薫とはもう二人で会わないとまで言ってやってるのに、どうしてそんなに怒ってるんだ。
「めんどくせーな……」
舌打ちして小さな独り言を呟いたとき、背後から声が掛かった。
「あれ、大輔じゃん」
振り返ってみると薫が手を振ってこちらに歩いてくるところだった。どうやらちょうど上がったところらしい。
「おー薫!」
「偶然だね。同じ会社にいても部署が違うと会わないもんだし」
「偶然ってか、ずっと璃子を待ってたんだけどさー」
大輔の言葉に薫が笑顔を止める。それでもすぐに平静を装って意外そうな表情になった。
「えー? もしかして復縁の話でもしてみたの?」
「あいつ全然ライン返して来ないからさー。直接話そうと思って」
「で結果は? 一人でいるってことは玉砕?」
薫が尋ねると、大輔は口を尖らせた。
「なんか意地になってるわ。あんな頑固とは思わなかった。結婚の話まで出したのに」
「結婚の話も?」
薫が目を見開いて聞き返すと、大輔は頷く。
「普通喜ぶところじゃん? そろそろ焦り出す年齢だろうし。俺もさ、子供は早く欲しいと思ってんだよね。周りもラッシュが来だして、お互いそういうこと考えて付き合いだしてると思うんだよ。璃子はほんとしっかりしてるし、家事も得意だし面倒見いいし、だからこそ付き合ったのに」
「でもそんな美人でもなくない? ノリ悪いって言ってるし」
「そりゃ美人でノリも合ったら百点だけど! そんなぴったりな人間やっぱいないんだってー」
大輔が笑ってそう言ったのを、薫が拳を握りしめて聞いていた。
大輔は元々、とにかくノリがいい女性と付き合ってきた。アウトドアで毎週末飲んだり遊びに出かけたりするような、そういう女性が自分にも合っていると思い続けていた。
だが年を重ねるごとに、何か違う、と思い直した。
二人して週末遊び回っていると、家のことがごちゃごちゃする。でも女の方も疲れているから、と言って家事はしてくれない。おまけに他の男と浮気するような人もいて、こういうタイプは付き合う分にはいいけれど結婚には向かないんだ、とある日気が付いた。
同期の璃子はそれまで付き合ってきた女性とは全くタイプが違って、大輔には新鮮だった。料理は歴代の中でも圧倒的に上手かったし、大輔が友達と出掛けている間、部屋を綺麗にして料理を作って待っててくれる。面倒見もよく、同期の飲み会では、いつも酔った誰かの世話を焼いている、そんなタイプの女性だった。真面目過ぎて小言は多かったが、困っていると言えば必ず助けてくれるし、璃子と付き合ってから自分の日常はとてもうまく回るようになっていた。
その真面目さが可愛いと思うこともあったし、ちゃんと彼女自身のことが好きだった。年齢のこともあり、このまま進んでいくと思っていたのに。
「ま、もう一回話してみるわー。てか薫、どう? あいつと同じ職場でしょ?」
ニコッと大輔が笑いながら薫に聞いた。
「あー……そうね。あんまり接する機会もないけど、職場でも真面目な感じだよ」
「はは、やっぱなあ」
「でも……なんか私、随分敵意を向けられてる感じがして」
薫は視線を床に落とし、どこか落ち込んだ声を出す。