クズ男の本気愛



「え、大輔と別れたの?」

 敦美が驚いたように言ったので、私は頷いた。

 翌朝になり、しっかり出社した自分は、席が隣の敦美にさらりと事実を伝えておいた。敦美も同期なので大輔のことを知っているし、友達なので一番に伝えておきたかったからだ。

 私は今日一日のスケジュールを確認しつつ、敦美に言う。

「前から言ってた、女友達って人と初めて会ったの」

「ああ、言ってた人か! 夜に何度も呼び出すってやつね?」

「三人でファミレスに行ったんだけど、私は蚊帳の外って感じで会話に入れず、空気みたいで……なんだか敵意を感じるし。でも大輔はそれに全く気付かないし、私のノリが悪いのがいけない、って言われて、もう無理だなって思っちゃった」

「はあ、なにそれ!?」

 敦美が目を吊り上げ、綺麗にセットしてあるショートカットを掻きむしった。

「そもそも彼女がいる男を何回も夜に呼び出す女がサバサバしてるわけないでしょうが! それにのこのこ出て行く大輔も大概だと思ってたけど、別れて正解だよ!!」

「あ、敦美声がでかい……」

 慌ててそう彼女を落ち着かせていると、突然背後から柔らかな声がした。

「高城先輩、別れちゃったんですか?」

 ぎょっとして振り返ってみると、そこに一人の男性がこちらを覗き込むようにして立っていた。

「あ、霧島くん……」

 きらきらしたオーラを醸し出す彼は、霧島蒼汰……私より三個年下の後輩で、今二十六歳。彼が現れただけで、周りに花が咲いたようになる。漫画か?
 
 白い肌に整った顔は、彫刻のようだ。綺麗な二重瞼に通った鼻筋、薄めの唇。どこか中性的な雰囲気もあり、誰しもがうっとりと見惚れてしまう外見を持っている。なのに身長も高くスタイルもいいので、神は彼になんでも与えすぎだと思う。

 ビジュアルがいいだけではなく仕事も出来る、うちの営業部でも一目置かれている存在だ。

 実は、この会社に入社する前から彼のことを知っていたりする。

 高校時代、私は陸上部に所属していたのだが、彼もそうだったのだ。とはいえ、三個も離れているので一緒に活動することはなかった。私は卒業後、OBとして差し入れをしに行ったりすることがあり、そこで彼と知り合ったのだ。なので、少し会話を交わしたりするぐらいの関係だった。昔からきらっきらした男子で、周りの女子たちの目がハートになっていたな。

 この会社に就職したのは全くの偶然で、再会したときは驚いた。陸上部だったころの名残があり、いまだに私のことを『先輩』と呼んでくる可愛らしい後輩だ。
 
 性格も優しいし仕事もできるし、本当に凄い子だから普段から仲良くしているのだが……

「そうそう、別れちゃったんだって」

「そうなんですか! じゃあ俺、いつでも空いてますよ」

 にっこり行ってくる霧島くんを見て、私はなまぬるーい目を向けた。

 あー出た。出ちゃったよこれ。彼の悪いところだなー。

 私の視線に気が付いた霧島くんは、ぶはっと吹き出して笑う。

「すんごい目で見られてる! さすが先輩だなあ」

「霧島くん、君が刺されるのは自業自得だけど私も刺されるのはとばっちりだからやめて」

「俺、刺されるんですか?」

「いつか刺されると思ってる」

「厳しい!」

 可愛らしい顔で笑っているが、騙されてはいけない。

 彼はとんでもなく女好きである。

 まあ、これほどモテたら普通そうなるのだろうか? 黙っていても女性が寄ってくるらしく、来るもの拒まず、去るもの追わずで、いろんな女性とお付き合いしたと噂が凄い。やれアイドル級の〇〇さんや、超絶美人の〇〇さんなど、凄い名前ばかり聞いてきた。そしてそのどれも長続きせず、泣かされた女は多くいるらしい。いつも彼が振ってしまうのだとか。

 コミュニケーション能力も高くて天然人たらし。そんな彼にとって営業は天職かもしれない。

 私ははあ、とため息をついて霧島くんに言う。

「まあプライベートは何してようが自由だと思うけど、仕事に支障が出ないようにねー」

「先輩だけですよ、そんな淡々としてるの。俺、全然相手にされてないなあ」

 頭を搔きながら言うが、相手にしてたまるか。そっちだってからかってるだけのくせに。

「ところで、何で別れたんですか? 付き合ってたのって、違う課の人でしたよね?」

「簡単に言えば、いろんな価値観が違った、かな。私より友達の方が大事なのかなって思った」

 パソコンを操作しながらそう答えると、霧島くんは少し目を見開いた。

「彼女がいるのに友達を優先するんですか?」

「まあ少なくとも私はそうされたと感じちゃった」

「それはダメですね。付き合ってる人にそんな風に感じさせちゃダメですよね」

 こちらに少し顔を寄せてそんなことを言った霧島くんからは、なんだかいい匂いがする。ああ、こうやって女はすぐ落ちるんだろうなあとぼんやり思った。でも私は淡々と答える。

「いや霧島くんに恋愛を語る資格はない」

「厳しい……」

「仕事始まるよ。ほら、エース頑張れ」

「先輩、ぶれないですね。さすがだな」

「しばらくは恋愛はやめて、仕事を頑張ることにしたの。気合入れてるから!」

 私は敦美と霧島くんにガッツポーズを取ると、仕事に取り掛かった。それを見てようやく霧島くんも自分の席に戻り、女性社員に話しかけられながら仕事を始めている。

 敦美はそっと小声で私に言う。

「霧島くんって、璃子に懐いてるよねえ」

「高校の頃から知ってるからね」

「揺れないの? あんなイケメンと仲良くしてたら私ならすぐ落ちちゃうよ」

 私は小さく笑う。

「落ちたところで、あれは苦労するでしょう。絶対無理。それに、今回大輔と色々あって、次は落ち着いた真面目な人と付き合いたいって思ってるの。結婚も意識する年だしね」

「まあ、それは言えるねー。あれはハマったら苦労するタイプだもん」

 敦美がそう言ったのを最後に、私たちはようやく仕事に取り掛かった。彼女の言うことも少しはわかる、霧島くんは顔がいいだけではなくて気遣いも出来るし、モテる理由はわかる。

 でも恋愛対象ではない。あんなにいろんな女性と遊びまくってる人なんて、絶対に無理。私はため息をついてそう思った。


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