クズ男の本気愛
「嘘の会議の時間教えられたり……デスクから大事な物が無くなってたりするし。璃子さんが嫌がらせしてるんじゃないかなって思うんだけど」

 ちらりと大輔を見上げ、悲し気な顔を見せて訴える。だが大輔はぽかんとした顔で首を横に振った。

「いやいやないっしょ、あいつそういうタイプじゃねーって。馬鹿みたいに真面目だし面倒見いいからさ。薫の勘違いじゃね?」

「……え」

「会議の時間、素で間違えてたんだろ。本人に言ってみ、顔真っ赤にして謝ってくると思うよ。デスクは違う人間じゃね?」

「……でも、私来たばっかりで、嫌がらせされる理由なんてない。私のせいで大輔と別れたんだから、恨んでると思って」

「えー? まあ、確かに嫌がらせされる理由はないか……うーん」

「ね? 真面目に見えても裏では何してるかわからないし、たった三ヵ月しか付き合ってないのに結婚とか」

「いやでも、やっぱないわ。そういうことしてる姿想像つかないもん」

 きっぱりと大輔が言いきったので、薫の頬が引きつった。

 普段から単純そのものの大輔が、薫の言うことを信じないのは初めてのことだった。

「薫の勘違いだって! つか、薫もあいつと仲良くなって取り持ってくれよーきっと仲良くなれると思うよ。二人ともタイプ違うけどいいやつなんだから。まあ、あいつ地味だしそんな美人でもないから、次の相手なんか見つからず焦ってまた戻って来ること分かってるんだけどね」

 悪気のない笑顔でそういう大輔の姿に、ついに薫は耐えられず、ずっと言おうとしていた言葉を口に出した。

「ってか、そんなに結婚したいなら私がしてあげてもいいよ?」

 本当なら大輔に言わせるはずだった。自分は仕方ないな、というスタンスでしてやるつもりだった。だが、一向に大輔は近くにこんなにぴったりな自分がいることに気づかないので、もうなりふり構っていられなかった。

 自分は美人だし、話も合うしやろうと思えば料理ぐらいする。こんなにいい相手は他にいないと自負している。

 だが。



「……えっ……?」



 大輔から出てきたのは、ただただ戸惑いの声だった。

 どこか引きつった笑みで薫を見ている。驚いただけというわけではなく、明らかに引いているような顔だった。ずっと友達としてしか見ていなかった相手が、もしや自分をそんな風に見ていたのか、という衝撃。

 その大輔の顔を見て、薫は息を呑んだ後、すぐに笑った。

「……って、冗談だし! 本気で受け止めないでよ!」

「あ、ああ……びびったー心臓止まったかと思った」

「失礼だな! 普通万歳して喜ぶところでしょうが」

「はは、そうだよな、ごめんごめん」

 二人で笑い合いながら、薫の心は真っ黒に染め上げられていた。


 
 薫と大輔は高校時代に同じグループに所属していて、ただ馬鹿笑いをするだけの関係だった。

 そのグループは卒業してもしばらく定期的にあっていたが、一人、また一人と参加者が減っていった。バイトが忙しい、課題が、彼女が、彼氏が、と理由は様々。

 結局いつのまにか大輔と薫が残り、二人はよく飲み歩いていた。それでも、薫は大輔を恋愛対象に見ていたことはなかったし、ただ気の合う異性として接していただけだ。

 薫は美人でノリもよく非常にモテた。その自覚はあったので、相手をとことん吟味しいい条件の男だけと付き合っていたが、付き合いだしても長続きをすることはなかった。でも、モテるが故、本人はさほど気にしていなかった。もっといい男なんているし、と。

 だが年を重ねていくにつれ、言い寄ってくる男がどんどん減り、さらには条件的にも落ちてきていた。好条件の男はいつの間にか結婚し、子供まで設けている。顔がよくて、身長が高くて、いい所に勤めている男に出会えない。

 おかしい、自分はこんなに美人で男性とノリも合うのに、なぜかまだ特定の相手がいない。恐らくタイミングが悪かったのだろうと分かってる、恋愛は何でもタイミングだから。とはいえ、自分よりブスな女が結婚しているのは納得いかない。

 そんな時ふと、いまだに定期的にあっている大輔のことを見てみた。顔はそう秀でていないが悪くはないし、身長はまずまずある。そして何より大輔は一流企業に勤めている。ちょっと単純で女心がわからないのが痛いが、付き合いが長いので扱いには慣れているし、一緒にいても息がつまらない。

 それに、彼とは大学時代、こんな約束を交わしていた。

『ついに俺と薫しか来なくなったじゃん、みんななんで来ないの?』

『なんか予定が合いにくくなったよねー彼氏とか彼女出来たり? 大輔いないの?』

『今はいない。薫は、別れたばっかだっけ? まさかの俺ら売れ残り?』

『私はついこの間までいたんだから、大輔と一緒にするな!』

『ははは! でも今はいないじゃん! もし三十までお互い独り身だったら結婚するしかねえな』

『私がその年まで売れ残ってるわけないじゃん。大輔はともかく』

『俺はともかくなんかい!』


 そうだ。もう今は、お互い二十九だった。

 それに思えば、高校の頃からずっと長い親友で……なんて出会い方は、周りから見てもかなり印象がいい。少女漫画みたいで、女たちは羨ましがりそうだ。『実は大輔はずっと自分の事が好きで、長く片思いされていた……』なんてエピソードもつけるともっといいかもしれない。

 大輔なら別に結婚してやってもかまわない。

 そう思った薫だったが、その直後大輔は自分の会社の同期と付き合いだしたので驚かされた。もう三十歳になってしまうというのに、他の女で遊んでいる暇はないはず。

 苛立ったので、大輔が彼女と会いそうな日は夜に呼び出した。すると、大輔は彼女を放って自分に会いに来たのでほっとしたのだ。

 なんだ、結局私のことが一番なんじゃん。そりゃそうだよね、これだけ付き合いが長いんだし。

 大輔は鈍いから自分の気持ちに気がついてないだけ。すぐにきっと私が一番いい女だって気が付くはず……そう思って呼び出しを続けると、案の定二人はあっさり別れて、薫は笑いが止まらなかった。他の女を優先されて、家事をさせられていただけの女があまりに哀れだった。自分と違って華もないし、次のチャンスはなかなか来ないだろう。

 でもまさかここで、大輔があんなに相手に執着するなんて。美人でもない、地味な女。

 それに理由は知らないが、職場でも一部に嫌われているらしい。会議時間についてはちょっとした嫌がらせで、向こうが知らないと言っても『伝えた』と押し切るつもりだった。どう見ても向こうはこっちより気が弱そうなので、こちらが引かなければうまく行くはずだと。

 それがなんと、他からうその証言が上がって笑いだしそうだった。

 職場で嫌われているなんて、性格も悪いはず。いいところなんて何もないじゃん。
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