クズ男の本気愛
「じゃーとりあえず帰るわ。璃子のことはよろしく頼んだぞ」
「帰るの? 飲み行こうよ」
「行きたいけど、あいつが嫉妬するからやめとくわ。次は璃子と三人で飲もう」
大輔はそう笑って薫に手を振ると、そのまま去って行ってしまった。
薫はしばし立ち尽くした後、そのまま駅に向かって歩き出す。全身の震えが止まらず、怒りは収まらない。
ついに私と二人で遊ぶこともしなくなったの? あんな女のために? くそみたいな女のために!! 高校の頃から長い付き合いなのに!!
こんなに美人の私が結婚してあげてもいいって言ったのに、何で引いた顔してんのよ。馬鹿じゃないの? 別に大輔なんて、勤め先がまあまあよかったから候補に入れてあげただけなののに!
「あっ!」
足早に歩いていたせいか、通行人とぶつかって持っていたカバンを落としてしまう。しかも、向こうはちらりとこちらを見て謝りもせず、すぐに去って行ってしまった。
「……最低」
カバンの中に入っていたポーチのファスナーが少し開いていたようで、リップなどの小物が地面に散らばっている。イライラしながらそれを拾っていると、ふと隣に誰かが立った。
「大丈夫ですか?」
顔を上げると、同僚の霧島蒼汰がこちらを見下ろしてた。
「あ……えっと、霧島くん」
「あ、増田さんでしたか。これも落ちてましたよ」
初めて会った時も思ったが、驚くほど綺麗な顔立ちをしている男性だった。長いまつ毛に白い肌は、自分と系統が似ている、と薫は思った。
差し出されたメイク用品を受け取り、薫はにっこりと笑ってみせた。
「ありがとうございます。今戻ってきたんですか?」
「そうです。お疲れ様です」
それだけ言うと、霧島はそのまま会社に戻っていった。その後姿は、どこか浮足立っているように見え、何かをとても喜んでいるようだ。薫はじっとそれを見送りながら、先ほどの会話を思い出す。
……もしかして、私と少し話せたのが嬉しかった?
だって、やけに足が軽そうに見えた。今からまだ会社に戻る男が、あんなにテンション高いわけがない。
その瞬間、すぐに気が付いた。そうだ、大輔なんかよりもっと私に相応しい人が近くにいたじゃないか。
年下で営業部のエース、誰しもが認める美形に高身長。こんないい男、自分の会社にはいなかった。しかもまだ独身だ。そうか、まだ二十六歳だからこれほどの優良物件も売れていないのだ。それとも、優良すぎて普通の女じゃ落とせないか。
その上……今、大輔と別れた璃子が次に狙ってる男。恐らく、いい男を捕まえて大輔に見せつけたかったのだろうが、そんなの上手く行くはずがない。身の程知らずめ。
薫はふふ、と小さく笑う。
「そっかあ……神様は大輔じゃなくてこっちだよ、って教えてくれたのかあ……なーんで見過ごしてたんだろ。ちょっと意地になってたかなあ」
璃子みたいな地味な女には到底手が届かない。私が彼と付き合いだせば、璃子はさぞ悔しいだろう。どうやら霧島も自分に好意を持っていそうだし、ちょっと声を掛ければ簡単に付いてくるに違いない。
私にぴったりの男は、こんな近くにいた。