クズ男の本気愛
仕事を終え、会社を出た私は近くのカフェに入っていた。頼んだコーヒーを手にし、空いている席で一人スマホを見ながらゆっくりとした時間を過ごしている。
時刻はそろそろ十九時だ。辺りはすっかり暗くなり、カフェは人気が少ない。今は飲み屋などに人が集まっている時間だろう。
「霧島くん、そろそろかな」
コーヒーの最後の一口を飲み込み、呟いた。今日は彼と食事に行く約束をしており、ここで待ち合わせている。どうやら彼の仕事が長引いているらしく、ゆったりコーヒーを飲みながら待っていた。
『本当にすみません! なるべく早く行きます!』
最後に来たメッセージを読み返して微笑む。あとは、今からどこへ行こう。今日はまだ何を食べに行くか決まってないんだよなあ。前はピザ、それから和食も食べたし……。
「先輩!」
声がしたので顔を上げると、今飛び込んできましたと言わんばかりの霧島くんが駆け寄ってきた。少し髪が乱れ、額にはうっすら汗をかいていた。
「霧島くん! 走ってきたの? そんなに急がなくてもよかったのに」
「いやー今日は絶対早く終わらせるって意気込んでたのに、上がる間際でいろいろあって……」
「全然大丈夫だよ。お疲れ様」
私がそう声を掛けると、霧島くんは柔らかく微笑んだ。その笑顔があまりに優しかったのでなんだかドキッとしてしまい、慌ててスマホを覗き込む。
「えっと、何食べようか? 食べたいものある? この時間だと混んでるところも多いだろうから」
「すみません、ほんと。調べて空席あるか電話で聞いてから向かいましょうか」
霧島くんは私の向かいに腰かけ、自身もスマホを取り出して店を調べ始める。確かに夕飯時になってきたし、一番混雑する時間帯だ。会社の人たちもこの辺で食べる人が多いだろうから、みんながよく使っていそうな店は避けたいな。大輔のことや薫さんの相談をするなら静かなところがいいし。となると……。
「あ、よかったらうちに来る? なんか作ろうか」
パッと思い付きでそういった途端、彼が手からスマホを滑り落してごとんと鈍い音がした。慌てた様子でそれを拾う。
「えっ。いや、え、璃子先輩のですか……?」
「前来たいって言ってたから。まあ大した食材ないしそうもてなせないけど」
私が霧島くんの家にお邪魔した時、彼は次は私の家に来たいと言っていた。あの時はまだ付き合っていなかったし、付き合うつもりもなかったので実現しないと思っていたので、なんだかむず痒い。でも人目を気にせず話すには自宅が一番だと思った。
「じゃあ、もちろん行きたいです!」
「わかった、そうしよっか」
話がまとまった私たちはそのまま家へ向かった。
よくあるアパートの三階角部屋が、私の部屋だ。基本的に静かで、他の住民とはあまり顔を合わせないが恐らく隣も社会人だ。トラブルもないし、気に入ってずっと住んでいる。
鍵を開ける私の隣でやけにソワソワした霧島くんが辺りを見回していた。
「霧島くんの部屋より狭いけどごめんね」
「いや、それは全然……ずっとここに住んでるんですか?」
「そう、社会人になってすぐ越してそのまま。あまり広くはないけど静かで過ごしやすいから気に入ってるんだよね。家賃安いし。どうぞ」
扉を開けると、彼がそうっと中に入る。
「霧島くんは引っ越ししたりした?」
「俺はしたばっかなんですよ、あそこ。一年目はもっと狭い場所に住んでたんですけど、言ったように姉がよく泊まりにくるから狭いとうんざりで。ちょっと広めの今の部屋に越しました」
霧島くんは私より年下だけれど、悔しいことにとても仕事が出来るので、営業であるうちだと私より給料はいいことが予想できる。年上としては立場がないが、なんといってもあの人懐っこさと頭の切れ方はまねできないので、仕方ないなとすぐに納得できてしまう。私は普通で、彼が特別なだけなのだ。
短い廊下を抜けてリビングに入ると、朝出てきたままの部屋があった。シンクには朝食で使ったお皿やマグカップが置きっぱなしだし、ローテーブルの上は鏡やリップなどが置きっぱなしだ。