クズ男の本気愛


 二時間ほど経った頃、お開きの時間となった。

 デザートの杏仁豆腐を食べ終え、自然と一人、また一人と帰宅していく。私は結局、隣にずっといてくれた霧島くんと話して終わってしまった。途中、女性社員が何人も交ざってきたが、その都度霧島くんは適度に相手したあと自然と追い払っていた。

 大輔も私と話すのは無理だと思ったらしく、いつの間にか席を移動していなくなっている。

 何事もなく会が終わったことに安心し、そろそろ帰ろうかなとスマホの時計を見た。

「そろそろ帰ろうかな」

「ですねー。俺も帰ろう」

 そう思って荷物をまとめ始めたとき、ふらふらと薫さんが近づいてきた。彼女は頭を抱え、少し顔を歪めている。

「あー霧島くん、帰る?」

「はい、帰ります」

「なんか私飲みすぎちゃったみたいで……送ってってくれないかなあ? ふらつくんだよね……」

 そう言って薫さんはため息を漏らした。

「いえ、俺は……」

「あ、璃子さん。もう外は暗いし、璃子さんも送って行ってもらった方がいいんじゃないかな? 大輔―! 彼女が帰るって」

 周りに響き渡るような大きな声で薫さんが言い、みんながこちらに注目した。一気に視線が自分に集まり、私は息を呑んだ。

「え? 高城さんって宇野さんと付き合ってたんだー?」

「知らなかったー」

「俺は知ってたよ。同期の間じゃそこそこ有名な話」

 みんながそれぞれ反応してくる。私と大輔はとっくに別れているというのに、なぜ彼女なんて言い方をしたんだろう。そういえば同期は私たちが喧嘩しているだけと思っている人たちも大勢いたようだけれど、薫さんは『寂しい毎日を送ってるでしょう? いい年だし、結婚とか意識してたんじゃないですか?』という言い方をしていたから、別れたことを知っていると思うのだが。

 困っているところへ、どこか得意げな大輔が近づいてくる。

「送るよ璃子。帰るぞ」

「え、いや私は……」

「またお前んち泊って行こうかなー」

 やけに大きな声で言いながら私の手を取った大輔は、そのまま強引に連れ出そうとする。するとその手を、霧島くんが乱暴に払った。

 大輔が目を見開いて霧島くんを振り返る。霧島くんは目を吊り上げていた。

「二人はとっくに別れてますよね? 今璃子先輩と付き合ってるのは俺なんですけど。触んないでもらえます?」

 まさかの発言に、周りがどよめいた。

 女性社員の絶望の声と疑いの目。薫さんと大輔は目玉が零れ落ちそうなぐらい見開いており、言葉を失くしているようだった。

「え? 霧島さんと高城さん?」

「前から仲いいと思ってたけど……」

 戸惑いの声の中、霧島くんはぎゅっと私の手を握った。

「とっくに先輩に振られてるのにいまだに付き合ってるみたいな振る舞い止めてもらえますか? 今先輩は俺と付き合ってるんです。もうあなたの彼女じゃないんで、俺が先輩を送っていきます。あ、増田さん、酔っぱらってるなら宇野さんに送って行ってもらってください。二人は昔からの親友なんでしょ?」

 そう言うと霧島くんは荷物を持ち、お金だけ置くと私の手を引いてみんなの間を突っ切ってその場から離れた。未だにたくさんの人たちが私たちを呆然と見つめており、中でも大輔と薫さんはひどく睨んでいるように見えた。

 霧島くんに手を引かれて夜道を歩き続けてしばらく経つと、彼はしょんぼりした声で突然謝った。

「すみません……」

「え?」

 少し人通りが減った小道に入ると、彼は私から手を離して足を止める。振り返って眉を垂らした顔で私を見た。

「先輩、周りにはバレたくないってさんざん言ってたのに……俺我慢できなくて言っちゃいました。だって、元カレは未だに彼氏面してるし、増田さんはやけに二人をくっつけようとしてるし耐えられなくて……怒ってますよね?」

「そ、そんなことないよ!」

 私は首を横に振って否定した。

 そりゃ、霧島くんと付き合っていることがバレたのはちょっと大変かもとは思う。彼はモテるがゆえ敵が多いからだ。でも、さっきの状況は私も困り果てていたし、ああ言ってしまうのは仕方ないと思っていた。

 むしろ、少し嬉しかったとも思う。

「ほんとですか? 別れようとか思ってないですか?」

「お、思ってないよ! ……助けてくれて今日は嬉しかったの。ありがとう」

 私がそう言うと、霧島くんはわかりやすく安心したように表情を緩めた。私が頑なに秘密にして、と言っていたため、まずいことをしたと思っていたのだろう。悪いことをしちゃったな、こんなに気にしてくれていたなんて……。

「よかった。俺、我慢できないやつだなって自分でも呆れてたから……先輩にそう思われても仕方ないと思って。あーほんとよかった! これで堂々と出来ますね。あ、でもそれで変な因縁つけてくる奴とかいたら教えてくださいね。俺、ちゃんと守りたいんで」

「もう充分やってくれてるよ……」

 霧島くんは嬉しそうにはにかむ。その顔が可愛くて、つい私の胸はときめいてしまった。何かに怒ったり真剣な時はかっこいいけど、二人でいるときは可愛いと思うことも多い。彼はいろんな顔があるなと思う。

 霧島くんは再び私の手を取ってしっかり握る。

「そういえば先輩、今週の土曜って空いてますか? 出かけません?」

 彼の提案に、私はついぱっと顔を上げた。

「行きたい」

「……うわ、思ったより可愛い反応でびっくりした」

 霧島くんが恥ずかしそうにしたので、こっちまで恥ずかしくなる。確かに食い気味に返事をしてしまった。

 だって、思えば仕事帰りのデートばかりで、出かけたことは一度もなかった。彼とどんな一日を過ごすのか、想像するだけで楽しくなる。

「えっとじゃあ、行きましょう! 買い物とか、映画でも」

「うん、楽しみにしてる」

「やった、楽しみ! とりあえず今日は遅いし、計画はまた立てましょう。送っていきます」

「ありがとう」

「もう遅いので家には上がらずに帰ります。あ、でも玄関でおやすみのキスだけしましょう! 十回くらい!」

「お、多くない? それにそれ、外で言うこと?」

「まじですか、かなり少なく言ったつもりなんですけど……『足りなくない?』って言われるの期待してたんですけど……」

 霧島くんがそんなことを言うので、私は声を上げて笑ってしまった。多分、明日から会社で大変なことになるんだろうと分かってはいたけれど、彼がいてくれるならきっと怖くない、と心で思いながら。
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