クズ男の本気愛
デート
来る土曜日、私は駅前で緊張しながら霧島くんを待っていた。
髪は念入りにトリートメントをしたし、化粧も普段より時間を掛けてきた。元々営業職なので身だしなみには気を付けている方だと思っているが、今日はまた特別気合を入れてしまっている。
洋服を何にしよう、と悩んでかなりの時間を費やした。悩むほど服の種類が多いわけでもないし、似たような物ばかり持っているというのに、それでもなかなか決まらなかった。これまで誰かと出掛けようとした時に、こんなに悩んだことがあったっけ。
何度も鏡を覗き込んだあと家を出て、待ち合わせの十五分前の今、ここに立っている。
「おかしくないかな。たくさんチェックしたつもりだけど……」
カバンから鏡を取り出して再び見てみる。ああ、なんかファンデーションがよれてるかも。こういう時に限ってメイクが上手く行かない気がする。時間なくて適当に塗った時の方がムラなく綺麗に濡れるのだ。多分、失敗したくないと気合を入れたのが空回っている。
はあと息を吐いたとき、背後から声がした。
「先輩!」
振り向いてみると、霧島くんが嬉しそうに駆け寄ってくるところだった。周りの人がちらちらと彼に視線を送っていることに気が付く。私服姿の霧島くんは、普段とはまた違った顔をしている気がした。
ラフな感じ、似合ってるなあ……。
「霧島くん。早いね」
「こっちのセリフですよー! 先輩早すぎ。俺の方が早く着こうと思ってたのに!」
悔しそうに言う彼に笑ってしまった。どうして早く着かなかったことをこんなに嫌そうにしてるんだろう。
「私も今来たところだよ、本当に」
「本当ですか? 次は絶対俺の方が早く来る」
「あは、どんどん待ち合わせが早くなっちゃいそう」
「あはは、ありえますね。さて、行きましょうか」
そう言った彼は、自然な流れで私の手を握ったので驚いてしまった。霧島くんは目を点にした私に気づき、気まずそうに言う。
「すみません、嫌ですか……?」
「う、ううん、そうじゃないの。びっくりしただけ」
手を繋いで歩いたことなんてほとんどない。それに、霧島くんが繋ごうとするのもなんだか意外だった。
「じゃあ、いいですか?」
「う、うん。霧島くんがこういうことするの意外だね」
「え、そうですか? ずっと繋ぐ気満々でしたよ、俺。あーでもそういえば、今まではこういうことしたことなかったかも」
『今までは』。その言葉が何だか嬉しいような、でもちょっと気まずいような、そんな複雑な思いになる。
でも、今こうして繋いでいるのは私なんだから、細かなことは気にしなくていいと思った。そっと彼の手を握り返してみる。
それに気づいた霧島くんが、嬉しそうに目を細めた。
「まずは映画でも見ますか!」
「そうだね」
私たちは笑顔で歩き始めた。
今流行しているSF映画を二人で見終え、私は満足して上映室から出てきた。
何を見ようかずっとラインや電話で相談していた私たちだけれど、なかなか決まらず時間を要した。元々私はそんなに見たい映画がなかったからだ。と、いうかあまり映画なんて来たことがない。いつもテレビで放送されるのを見るか、レンタルが開始されるのを待つ人間なのだ。
でも久しぶりに映画館に来てみてよかった、と思った。映画館ってチケット代も結構するから頻繁には来れないけれど、やっぱり迫力が違う。今日見たものはとくに、大画面で見られてよかったと思える内容だった。
「面白かったねー!」
私は空になった紙コップを手にして扉を抜け、隣の霧島くんに言った。
「凄い迫力だった! 音楽もよかったしね」
「ですね。先輩って元々SF好きなんですか? あんまそういうイメージないんですけど……」
「そうだなあ、特別好きなジャンルってわけじゃないかも」
「え、よかったんですか? 俺が見たいって言っちゃったから」
霧島くんが慌てて言ったので、私はすぐにフォローする。
「でも今回のはすごく話題になってるし、CMで面白そうだなって思ってたから見たかったの。正解だったよ、面白かったから!」
「あーならよかったです……確かに映像もすごかったですよね。話もよく考えられてたし」
「途中で親友が死んだと思ってびっくりしたよ! 泣いちゃったけど生きててよかったー」
「あそこよかったですよね。あ、先輩ゴミちょうだい」
霧島くんはすっと私の手からごみを取ると、近くのゴミ捨て場に置いてきてくれた。そんな些細な行動が、なんだかとても素敵に思える。
普通のことだよね。でも、それが出来ない人って案外いる。今までそういう人を選んでこなかった自分が悪いんだけど、多分大輔なら私に『捨てといて』って言いそうだもんな……。
戻ってきた霧島くんにお礼を言う。
「ありがとう」
「いえ、全然。次は先輩が見たい物を見に来ましょうね。どんな映画が好きですか?」
「うーん、好きなのはミステリーとかアニメとか……ホラーもたまに気になる」
「へえ! でも俺、映画館でホラーは厳しいかも……! ダサい叫び声上げて先輩に見られたら恥ずかしくて死ぬ」
「あはは! 霧島くん、ホラー苦手なの? 平気な顔して見てそう!」
「大画面は耐えられるか分かんないですよ……あ、じゃあホラーは家で鑑賞会しませんか? ご飯はピザとか頼んで、ザ・鑑賞会って感じにして。お酒があってもいいし」
「わあ、楽しそう」
彼が当然のように未来の約束をしてくれるのが、とても嬉しかった。一か月や二か月で別れてきた霧島くんが、まだまだ私と時間を共有してくれるつもりでいる。些細な事なのに、未来の約束がとても尊い。
……ダメだ、霧島くんはキチンと私とのことを考えてくれているってもう分かってるはずなのに、どうしてもすぐに終わってしまった時のことを考えてる。反省。
「さて、次は昼食でもとりましょうか。お腹空きましたよね?」
「そうだね。あっちの通りに飲食店がたくさん……」
二人で話しながら外へ出た瞬間、小さな女の子がこちらに向かって飛び込んできた。恐らく一年生くらいの子だろうか? 何やら嬉しそうに映画館の中へ入ろうとしたが、足を滑らせ、目の前で思い切り転んでしまった。
どしんと派手な音が響き、同時に女の子の泣き声がした。