クズ男の本気愛
「大変!」

 慌てて駆け寄ると、女の子のすぐ後ろから母親らしき女性がやってきた。

「すみません……! 諒子、走っちゃ危ないって言ったでしょう!」

 女の子を慌てて抱き起すと、その膝から血が出ているのが見えた。思いっきりすりむいてしまったようだ。しゃくりあげて泣いている女の子は、顔を真っ赤にしている。

「膝すりむいちゃったね……! 痛かったね」

 恐らく何か映画を見に来たのだろう。楽しみすぎて走り出してしまったのかな。せっかく今から見れるというのに、痛い思いをしてしまって可哀想だ。

 霧島くんも膝を見て眉尻を下げた。

「勢いよく転んだもんなあ。痛いよなー」

「あっ、そうだ」

 私は持っていたカバンから絆創膏を取り出した。仕事上よく歩くので、靴擦れを起こした時などに重宝しているのだ。それを渡そうとして、ふと思いつき、今度はボールペンを取り出す。

 女の子を見て尋ねる。

「今から映画見るの? もしかしてウサギのやつ?」

 現在ここで上映しているラインナップは調べたが、子供が見そうなものは一つだ。可愛らしいウサギのキャラクターが出てくるミュージカル調のもの。するとやはり、その子は一つ頷いた。

 それを見て、私は絆創膏にペンでウサギのイラストを描く。

「よし! これ、どうぞ!」

 私が絆創膏を手渡すと、女の子はぴたりと泣き止んだ。おずおずと受け取り、じっと見つめている。

「すみません、ありがとうございます……!」

「い、いえ! あんまり上手じゃなくてごめんね。でもほら、ウサギ可愛いから、つけてくれる?」

 私がそう言うと、女の子は頷いて膝に絆創膏を貼った。少し不格好なイラストが描いてあるけれど、彼女は少しだけはにかんでくれる。

「よかった。映画、楽しんでね」

「……ありがとう」

 女の子は小さな声だがきちんとお礼を言ってくれた。その可愛らしさに表情が緩み、つい嬉しくなってしまう。

 必死に頭を下げる母親とその子は映画館の中へ消えていった。それを見送り、再度歩き出したところで霧島くんが言う。

「さすが先輩ですね。いろいろ持ってるなあ」

「あはは、持ってないと落ち着かない性分なんだよね」

「そういうとこ、凄くいいなーって思います。あの子、嬉しそうでしたね。優しいなあ……」

 彼がしみじみとそう言ったので、なんだか恥ずかしくなってきて俯いた。そんな私の手を握り、ぎゅっと力を込めてくる。

 隣を見上げると、優しい目をした霧島くんがいて、胸が痛くなる。でも彼はすぐに表情を曇らせた。

「あの、先輩。仕事でどうですか? 俺、後先考えずに先輩と付き合ってること言っちゃったけど……あれから嫌がらせとかされてませんか?」

「えっ……」

「目を光らせてはいるけど、外回りで会社にいないことも多いし気づけない部分も多いと思うんです。何かあれば言ってほしいです」

 女子トイレでの会話が脳裏に蘇る。場所が場所なだけに、ああいうのを霧島くんが把握するのは難しいだろう。その他も、なんだか視線を感じることは多々ある。

 でも、あからさまな嫌がらせなどは記憶になかった。薫さんもあれ以降話しかけてこないし、大輔だって大人しい。

「ええと、今は……」

「あれ、霧島さんだ?」

 言いかけたところで、目の前に女性が一人立ちはだかった。見てみると、息を呑むような綺麗な子がいたので驚く。

 モデルのように綺麗な子だ。見覚えがある……確か、総務課の子だったはずだ。学生時代ミスなんとかに選ばれたって、男性社員が噂しているのを聞いたことがある。すらりと細身でスタイルもよく、ぱっちりした二重は可愛らしい。お洒落でメイクも馴染んでいて、朝早くから頑張った私よりずっと綺麗だった。

 その子はちらっと視線を落とし、私たちの繋がっている手を見た。

「あー噂で聞きましたよ~。今の彼女さんなんですよね? 霧島さん、今回はまた随分違ったタイプの人と付き合ったんですねえ。私と付き合ってるときと好み変わったんですか? まあ、たまにはこういうのもいいかもですね。どうせほんの少しの間のお付き合いですもんね~」

 彼女の言葉が耳に入ってきた瞬間、頭が真っ白になった。
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