クズ男の本気愛

 それってつまり、元カノ……?

 霧島くんが会社内の子と、それもとても綺麗な子と付き合ってきたのは知っていた。最近は社内の子と付き合うのは控えるようにしている、と本人は言っていたが、それまではかなりの人数と噂されていた。

 でもいざこうして本人を目の前にすると、自分の平凡さを突き付けられてうんざりした。

 若くもないし、こんな華やかさもない。他の人から塩にぎりなんて表現されるくらい特徴もない普通の女なのに、霧島くんと付き合っているなんて恥ずかしくなってくる。

 私は何も言わず、そっと霧島くんの手を離した。

 霧島くんは私を本当に好いてくれているようだけれど、現実を目の当たりにすると辛いものがある。こんなに綺麗な子と付き合っていたなんて、なんだか申し訳ない。

 だがすぐに、霧島くんが私の手を握り直したことに気が付いた。隣を見てみると、彼は至って真面目な顔で真っすぐ前を向いていた。

「トゲのある言い方するなよ。今回、俺は必死な思いで口説き落として何とか付き合ってもらってるんだ、揉めたら責任取ってくれんの?」

「……え」
  
 相手の笑顔が引きつる。霧島くんはなお私を握る手に力を込めると、一気に言う。

「今回ばかりは俺本気だから、フラれないように必死なの。すぐに終わるとか縁起でもないこと言わないでくれる? せっかく楽しんでデートしてたのに、邪魔しないでほしい」

 言われた女性は唖然とした顔で霧島くんを見つめている。そんな彼女を放って、霧島くんは私の手を強く引いて歩き出した。

 足がもつれそうになりつつも何とか彼についていく。一度だけ振り返ってみると、あの子が悔しそうに顔を歪めてこちらを見ていた。

「き、霧島くん……! いいの? あんな」

 心配になって言うと、霧島くんが足を止めて振り返った。彼は悲しそうな顔で私を見ている。

「すみません、嫌な気持ちにさせて……なんか最近、今更ながら過去の自分がほんと嫌で。なんであんなふらふらしてたんだろう。そのせいで先輩に迷惑たくさん掛けて……」

「そんな。分かって付き合ってるんだし」

「俺は信じてくださいしか言えなくてもどかしいけど、本当に先輩と真剣に付き合ってるし絶対他にふらふらしたりしませんから。先輩と付き合えて本当に幸せですから!」

 必死になってそう言う彼を見て、ぶわっと顔が熱くなった。嬉しい気持ちもあるけれど、こんな道端で力説される恥ずかしさも相当なものだ。

「あ、ありがとう、でもここじゃちょっと恥ずかしいかも……」

 行き交う人々が、どこか生ぬるい目で私たちを見ていく。霧島くんもようやく気が付いたよいで少し恥ずかしそうにしながら再び私の手を引いて歩き出した。

 二人して顔を真っ赤にしながら、俯いて歩き続ける。

 霧島くんと一緒にいると、周りの子から反感を買ったりすることもあって大変な面はある。でも、彼はいつだって私を全力で守ろうとしてくれている。それをわかっているし、気持ちは嬉しいので、結果温かな気持ちが残る。

 だから付き合って後悔するようなことはない。

「すみません、俺……」

「ううん。嬉しかったよ」

「……食事に行きましょうか」

「そうだね。お腹空いちゃった」

「先輩。俺は絶対ずっと先輩が大好きだし、絶対にその気持ちが変わることはないです。周りはぎゃーぎゃーうるさいけど信じてください」

「……ありがとう」

「先輩はめっちゃ可愛いししっかり者で優しくて最高なんです。人のことを自分のことのように思って一緒に喜んだり悲しんだりできる人だし、責任感も強いから仕事も細かな部分まで手を抜かないですよね! さっきみたいに絆創膏あげるだけじゃなくて、相手のことを思って動ける。なかなかできないですよ。料理もめっちゃうまいし」

「わわ、わかったからもう!」

「はは、まだ全然言い足りないのに?」

「恥ずかしいから……」

「恥ずかしがり屋だなー。あ、そうだ。そんな先輩に一個だけ不満があるんですが」

「え、な、何!?」

 私は勢いよく隣を見てしまう。すると彼は白い歯を出してにっと笑った。

「そろそろ名前で呼んでくれません? 高校の頃からの呼び方を変えるのは難しいかもしれないけど、やっぱ付き合ってるなら名前で呼んでほしいです」

 そう言われて、確かに呼び方がずっとそのままだった、と思い出す。

 付き合っているなら、苗字じゃなくて名前で呼ぶのが普通だ。でも霧島くんは昔から『霧島くん』であって、今更変えるのは何だか非常に恥ずかしい。

 でも、きちんと呼ばないと失礼だよなあ……。

「蒼汰、くん……」

 何となく、くんだけつけてしまった。やっぱり霧島くん呼びに大分引きずられてしまっているが、これが精いっぱいだった。

 すると隣の彼は、突然胸を抑えて苦しみだす。

「え、どうした?」

「やっばー……破壊力えぐー……え、どうしよう、呼ばれるたびに苦しむのかな? 俺ヤバイ奴に見えません?」

「見える」

「厳しいー!」

 大きな声でケラケラ笑うも、すぐに口角を上げたまま私にずいっと顔を寄せた。

「じゃあ、俺はー……璃子さん、かな」

 そう呼ばれた途端、自分の心臓が爆発しそうなくらい痛んだ。

 何百回、何前回も呼ばれてきた自分の名前だが、彼に呼ばれると特別な物になる。こんな感覚初めてで、さっき胸を抑えていた仕草を笑えなくなってしまった。私も、苦しい。

「り、璃子でいいよ」

「そっちはくんづけなのに?」

「それは、前の呼び方につられて……」

「ていうか照れてます?」

「……私もヤバイ奴に見られちゃう」

 そう呟くと、彼は笑いつつも顔を真っ赤にして天を仰いだ。幸せこの上ない、という顔に見えた。

「やば。俺たちバカップルみたい。でも最高」

「……」

「でも呼び方は少しずつ練習しませんか? 提案しといてなんですけど、呼ぶのも呼ばれるのも緊張しちゃうしにやけちゃう。平然としていられる自信がないんで、ちょっとずつってことで」

「賛成! 私も恥ずかしくて普通にしていられない……」

「もっと恥ずかしいことしてるのにね?」

 霧島くんが耳元で囁いたので、先日の夜を思い出して赤面してしまう。私ばっかり恥ずかしい思いをしていて、ずるくないか。

「あ、今日も帰りに先輩の家寄っていいですか」

「……どうぞ」

「違った、璃子の家」

「……蒼汰ならいつでもいいよ」

 私の答えに、彼は顔を緩めて笑う。手を繋いだまま、私たちはゆっくり歩き出した。

 彼と付き合っていくのは大変だし、まだ自分に自信を持つことも出来ない。ただ、霧島くんと一緒にいると楽しいし幸せな気持ちになれるのは事実なので、すぐに逃げ出したいなんて思ってはいなかった。

 こうして二人で平和に過ごす時間がずっと続けばいいのに……と思っている。
 
 
< 43 / 59 >

この作品をシェア

pagetop