クズ男の本気愛
翌週になり、いまだ好奇の目で見られつつも仕事をこなしていた。陰口はあるものの、今のところ嫌がらせはない。常に荷物も持ち歩き、デスクには鍵を掛けているので自衛の効果もあるのかもしれない。
週の半ばを過ぎ、仕事を終えて一人帰路についていた。霧島くん(結局まだこれで呼んじゃう)は何やら同僚の納期トラブルの対応に追われているようで今日ずっとバタバタしており、今はまだ会社に戻ってきていなかった。
以前、霧島くんは『元カレが何をしてくるかわからないので一人で帰らないように』と言っていたが、私と霧島くんの関係を言ってしまったし、その後は連絡もないので、さすがに大輔ももう諦めたらしい。今週は一人で普通に帰宅している。
あとは噂の波が収まってくれるのを待つだけか……。そう思って夜道をぶらぶらと歩きつつ、今日は夕飯を作るのが面倒になったためコンビニに寄ってサンドイッチとスープを購入した。やっぱり毎日自炊はしんどい。たまにはこうやって買って帰るのもありだ。
レジで会計を済ませながら、この前作ったカレーやどんぶりにやけに大喜びしていた霧島くんの姿を思い出した。そんな私をよそに、目の前の大学生ぐらいの男性店員はてきぱきと会計を進めている。
次はもう少し凝った料理を作りたいな。いつも簡単にできるものだし、次は休日に時間を掛けて作ろう。彼ならきっと手伝いながら一緒にまったり作ってくれるはずだ。
微笑みながらそう思って食べ物を受け取り、外に出たときだった。
「お姉さん、それ夕飯ー?」
コンビニのすぐ横にいた男性三人組が、にやにやした笑みを浮かべながら私に近づいてきたのだ。
明らかにガラの悪い人たちだったので反射的に体が強張る。なるべく刺激しないように努めながら、早口で答えて立ち去ろうと思った。
「すみません、急いでいるので……」
人生において、こういった人たちに絡まれることはそう多くなかった。私は見た目が真面目そうと思われるらしいし、二十代前半ならまだしもアラサーになるとさらに減っていた。しかも、繁華街でもなくこんなよくあるコンビニで。
さらりとかわそうとした私だが、三人のうちの一人が突然手首を掴んできたので驚いた。
「よかったらご飯食べに行こうよ!」
「い、いえ、急いでいるので……」
こんな風に手首を掴んでくるような経験は初めてなので、一瞬で恐怖心が襲ってくる。かなり強い力で掴まれており、上手く払うことが出来ない。そんな私を、三人はにやにやしながら囲ってくる。
「仕事帰りなんだー?」
「お酒飲める? 一緒に飲もうよー」
「俺たち暇してるんだよねえ」
なぜこんな女に絡んでいるのか、不思議でならない。男たちが泥酔しているならまだしも、そんな様子はなかった。もうちょっと若くてキラキラした女性に声を掛けるのが普通じゃないんだろうか。
「いえ、ほんと急いでいるので……」
「つれないなーいこいこ」
ついに肩に手を回され、心臓がひゅっと小さくなった。こうなったら振り払って走った方がいいだろうか? 近くに交番とかあったっけ? そんなことが頭の中でぐるぐる回っていると、男たちは強引に歩き出した。
「や、やめてくださ……!」
「何してんだよ?」
急に聞き覚えのある声がして顔を上げる。なんと、大輔がこちらに走り寄ってくるところだった。
「大輔……?」
「すみません、俺の彼女なんですよー離してもらえます?」
大輔は少しも怯える様子なく、私の肩から男の手を払った。男たちは半笑いで、私たちを面白がって見てくる。
「あれ、彼氏登場?」
「盛り上がってたのにつまんないなー」
向こうの方が人数が多いせいか、大輔が来ても引きそうになかった。すると大輔は無言で私の手を握り、背中に隠してくれる。
「だ、大輔……」
「走るぞ」
「えっ」
私の耳元で囁いたかと思うと、大輔は突然手を引いて走り出した。私はとりあえず必死に大輔についていき、無我夢中で彼の後を追う。
「あ、おい!」
後ろから男たちの声が聞こえたが、振り返る余裕はなかった。そのままコンビニの袋をぶら下げ、とにかく大輔に引かれるがまま走っていく。
大輔は私の方を見ることなく、どんどん細い道へ入り込んでいく。しばらく進んだところでようやく私は振り返ってみると、男たちが追ってくる様子はなかった。
「大輔、もう大丈夫そうだから……」
そう声を掛けたものの、聞こえていないのか大輔はまだ足を止める様子はない。しっかり手は握られているし、私はとりあえず声を掛け続けた。
「大輔、大輔! もう大丈夫だよ!」
いくらかそう言ったところで、ようやく彼は足を止めた。私は走ったせいではあはあと息を乱し、少し前かがみになりながら必死に酸素を吸った。こんなに全力で走ったのいつぶりだろう、日ごろの運動不足のせいでかなり辛い。