クズ男の本気愛



 翌週、私は霧島くんと出社した。

 この週末は彼がうちに泊まり込みに来てくれていて、ゆっくり過ごしていた。ただ、日中は霧島くんは出かけてしまっていたのだが。

 夜は私の家で二人で食事を作り、まったり過ごしてずっと傍にいてくれた。私はようやく泣かずに済むようになったし、心が落ち着いてきたように思う。

 そして月曜日を迎え、私たちは一緒に家を出て会社へ来ている。

 一歩足を踏み入れると、ちらちらとこちらを見てくる人たちの視線が痛かった。霧島くんと二人揃って出社したのは初めてのことだし、あんなことがあった直後に一緒に並んでいれば目立つのは仕方がない。

『別れてなかったんだ』――そんな声が聞こえてきそうだった。

 それでも霧島くんは何も気にしてないと言わんばかりにまっすぐ前を向いて歩いていたので、私も見習った。やましいことは何もしてないのだから、胸を張っていればいいんだ。

 二人でエレベーターに乗り営業部へ向かうと、私は緊張で手汗をかいてくる。それに気づいたのか、霧島くんがふわっと笑った。

「緊張してる?」

「……してる」

「可愛い。でも大丈夫、俺に任せておいてください」

 そう言って彼は私の頭にポンと手を置いた。たったそれだけの動作で、心がふわりと軽くなるのを感じる。彼の手には不思議な力があるみたいだ。

 到着してエレベーターから降り、いつもの職場へ入ると、一斉に注目を浴びた。やはり二人揃って出社はかなり目立つ。小さくないざわめきが私たちを襲い、みんな好奇の目で見ていた。

 そんな中、すでに出社していた薫さんは一番目を見開いて私たちを見ていた。

 霧島くんはつかつかと薫さんに歩み寄る。私もそうっと彼の後ろについていくと、薫さんがあからさまに顔を引きつらせた。

「二人揃ってどうしたの? え、一緒に来たわけ? なんで?」

「なんでって、付き合ってるから別におかしくないですよね?」

 霧島くんがすました顔で答えると、薫さんはぽかんとする。だがすぐに彼女はカッと顔を赤くして霧島くんに言う。

「どういうことなの? おかしくない? もうその子とは別れたんでしょ?」

「別れてないですけど。なんか勘違いしてません?」 

 霧島くんは冷たい目で薫さんを見つめて言ったので、薫さんはよろめく。周りも不穏な空気を感じ取り、ひそひそと声をひそめて私たちのことを話している。

 だが霧島くんは周囲を気にすることなく続ける。

「そんなことより、ちょっと話したいことがあるので場所を変えましょうか? あんまり時間はとらせないので。仕事が始まっちゃう前にちゃちゃっとね……あなたが先輩にいろいろやった嫌がらせについて」

 さらりと発された言葉に薫さんはさっと顔色を変えた。周りはざわめきを無くし、むしろ音を立ててはいけないとばかりに静まり返る。

 だが薫さんはすぐにいつも通りの表情に変わった。

「悪いけど仕事があるし……何より身に覚えのない話だから。嫌がらせを受けていたのは私の方。それは霧島くんも知ってるでしょう? 金曜の夜に話したじゃない。さらには璃子さんの浮気性のことも……」

「先輩は浮気なんてしないって俺は信じてましたけどね。嫌がらせについてしらばっくれるんですか? まあ俺はここで話してもいいんですけど、役者が足りないなあ。そろそろ来るはずだけど」

「役者……?」

 薫さんがそう呟いたとき、霧島くんが入口の方を見てにやりと笑った。そしてやけにわざとらしく笑顔で呼び込む。

「宇野さーん! 待ってましたよ。こっちへどうぞー!」

 大輔が黙ってこちらを見て立っていた。私は彼に『朝、少しだけ時間を下さい』とメッセージを送っておいたのだ。無視されるかもしれないと思っていたが、ちゃんと来てくれたらしい。

 大輔ははあとため息をついたあと、へらっと笑いながらこちらに歩いてくる。

「なんか話したいとか言ってたから何かと思えば……」

「場所を変えようかと思ってたんですけど、増田さんがここがいいって。例の写真について話を伺いたかったんですけど」

 涼しい顔をしている霧島くんに、大輔も表情を変えずに答える。

「あー……霧島さんには謝らなきゃいけないですねえ。璃子と最近付き合いだしたって言ってましたもんね? でも、聞いてくださいよ。こいつはずっと俺と付き合ってたのに、あなたと二股掛けたんですよ。俺も二股掛けられたことがショックで璃子に詰め寄ったんすけど、霧島さんとはすぐ別れるからーなんて泣きつかれて、それでまだ関係は続いてて……その写真を撮られたんですねえ」

「嘘ばっかり言わないで!! 大輔とはとっくに終わってるはずでしょう!!」

 ペラペラと話す嘘に耐えられず大きな声を出した。私が二股? はっきり別れ話をして、もうよりを戻すこともないと何度も言った。大輔なんてとっくに過去の人間なのに、よくもそんな嘘が言えたものだ。
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