クズ男の本気愛
 あまり広いとは言えないキッチンにはコンロが二つあり、左には味噌汁が入った小さな鍋がある。その右手にフライパンを置いて火をつけると同時に、玄関の開く音がした。あ、帰ってきたか、と私は心で呟く。

 時刻は二十一時。

 そこへピンポーンとインターホンが鳴り、私はすぐに玄関へ走った。扉を開けると、霧島くんが嬉しそうな顔でそこに立っていた。

「こんばんは!」

「おかえりなさい、上がって」

「めっちゃいい匂いするー!」

 彼は嬉しそうな顔をしながらリビングへと進んだ。私はキッチンに立ち、料理の続きを始める。

「ご飯、すぐに出来るよ。お腹空いてるよね? ごめんね、私のせいで……」

「先輩のせいじゃないでしょ」

 今日、私の潔白を晴らしてくれた霧島くんは、仕事の後も上司と話していた。私も当事者なので最後まで付き合おうとしたが、途中で先に帰っていいよと言われたので、夕飯でも作ってお礼をしようと思い帰宅した。

 やっと彼と夕飯を食べることが出来る。

「今日、何作ってくれたんですか?」

「えっと、酢豚……」

「最高! お箸並べますねー」

 るんるんで手伝ってくれる霧島くんに、勝手に顔が緩んでしまう。私はメインを作り終え、テーブルに運んでいく。

「お腹空いたよね。遅くまでお疲れ様」

「全然ですよ。いただきまーす!」

 彼はそう言ってすぐに頬張った。にこにこ笑顔で、こちらも笑ってしまいそうなくらい美味しそうに食べてくれる。

「めちゃ美味しいです。あー最高……」

「よかった」

 二人で穏やかな食事を続ける。大盛りだったご飯はすぐに空になり、霧島くんは満足げにお腹をさすった。

「あー満腹! 美味しかったです。俺皿洗いますから」

「ううん、今日はいいの、私にやらせて。きりし……えっと蒼汰、いろいろ本当にありがとう」

 私は改めて頭を下げる。感謝してもしきれないほど、彼にお世話になってしまった。

 私が油断したばかりにこんな大事になってしまったのに、文句も言わず常に私の味方で動いてくれた。こんなに嬉しいことはない。

「言ったでしょ、悪いのは向こうなんだから」

「それでも……お礼を言いたいの。嬉しかった」

「俺は過去の恋愛歴でさんざん先ぱ……璃子を悩ませたから、これくらいじゃ返せてないですよ」

 そう言って彼は私の手を握った。大きく温かな手は、握っているだけでそこから安心という力を与えてくれる。

「凄くかっこよかった……」

「え!? そ、それは嬉しいかも。そんなこと言われないし」

「言ってなかったっけ。私はいつも思ってるよ」

 そう小さな声で言うと、明らかに彼は狼狽えた。大輔たちを攻め立てた時はあんなに冷静でしゃんとしていたのに、こういう時急に困り出すの、可愛いなと思ってしまった。

「これからはもっと気を付けるね」

「ま、まあ、璃子は争いごとを嫌うし、性格上これまで誰かに敵意をもたれたことなんてなかったんでしょ。今回はたまたま逆恨みする人間が集まっちゃっただけですから」

「蒼汰がいてくれてよかった……」

 私は手をぎゅっと握り返す。彼は自分を落ち着かせるようにふうーと長く息を吐き、こちらに向き直る。

「……俺と付き合うことで、これからも誰かになんか嫌がらせされるかもしれないけど、ちゃんとそこは言ってください。すぐにね。俺は全力で守ります」

「……はい」

「年下だけど、頼りにしてほしい」

「年下なんて感じ全然しなかったよ」

 今日の光景を思い出して心の底からそう言った。私なんかより冷静で頼りがいがあって、全部彼に任せっぱなしだったのだから。

「あ、でも……み、みんなの前で変な事言ったのは恥ずかしかったよ」

 私は視線をずらして小声で言う。彼は思い出したように『ああ……』と項垂れた。

「すみません。つい言っちゃって」

「ま、まあでも、みんな笑って微笑ましく見てくれたからまだよかったかも」

「ほんとですか? じゃあそろそろ上書きしておきますか」

 にやりと笑った蒼汰が手慣れた様子で私を押し倒す。あっという間に彼から見下ろされる体勢になり、スイッチが入った蒼汰の顔が目に入った。

 すっと彼の顔が下りてきたところで、私はその頭を力いっぱい止める。

「ね、ねえ!」

「え? なんですか?」

「ちょっと待ってくれる?」

「えーお預けですか……」

 しょんぼりした蒼汰を一旦押しのけ、私は床に正座する。向こうは何が始まるんだとばかりに不思議そうな顔をした。

「あのね、言おうと思ってたんだけど」

「え、なんですか。やっぱりつけすぎですか? でも服着たらわからないところにつけてるし……温泉行く予定あるとか?」

「そうじゃなくて……」

「でも俺、こうやって発散してるとこあるんで、だめって言われると厳しいかも……」

「に、二か月とか、必要かなあ?」

 私が少し震える声でそう尋ねると、蒼汰の顔が固まった。

 恥ずかしくてもじもじしてしまう。でもだって、彼が私を大事にしてくれているのは十分分かってるし、中途半端なところまでは手を出されちゃってるし、二か月も待つ必要があるのかと思っていたのだ。
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