クズ男の本気愛

 相手は怒りの目で中津川さんを見ている。私は咄嗟に背中に彼女を隠した。

「あの、中津川さんは断ったと思うんですが、付きまといはやめてください!」

 私は怯えを見せないように堂々と相手に言った。こちらが怯えていては、向こうを調子に乗らせてしまうだけだと思ったのだ。その効果はあったようで、相手は少しだけ怯んだ。こちらの方が人数も多いから不利だと思ったのだろう。

「はあ? 付きまといとか……別に、飯行こうって言っただけだし、大げさなんだけど!」

「中津川さん、嫌がってますよ。仕事帰りにこんな風に待ち伏せして……」

「嫌がってないでしょ、連絡先交換した時点で相手も脈ありでしょう! ラインの返事だって来るんだし」

 とんでもない勘違い男が現れたものだ。呆れてものも言えない。

 飲み会の席で、全員で連絡先を交換し、ラインのやり取りを少ししただけなのに自分に好意を持っていると勘違いするなんて、ありえない。そして、中津川さんを待ち伏せするなんてもっとありえない。

 すると黙っていた霧島くんが、すっと前に出た。身長の高い彼は、男を見下ろしてにっこり笑う。

「すみません。俺、中津川さんと付き合ってるんですよ」

「……は?」

「つい昨日から。なので、諦めてくれませんか」

 男は呆気にとられたようだが、すぐに顔を真っ赤に染めて逆上した。唾を吐き散らしながら私たちに怒鳴る。

「ふざけんなよ! さんざんこっちにいい顔しといて、他に男作ってたとかとんだ尻軽だな! くそ女だ!」

 その様子に私と中津川さんはすっかり縮み上がり、全く動けなくなってしまった。でも、中津川さんだけは何とか守らないと、という意思が働き、私は必死で彼女を背中で隠す。

 だが霧島くんは全くおびえる様子はなく、営業スマイルを浮かべながら低い声を出す。

「それぐらいにしておいた方がいい。待ち伏せに暴言、どれもあなたがやってるのは自分の首を絞める行為だ。あなたの発言は全部録音しているので、これを警察と勤め先に送りましょうか? どうなると思いますか?」

 そう言って、霧島くんはポケットからスマホを取り出した。それを見た男は一瞬で顔を真っ白にさせる。

「……あ、いや……」

「もう彼女に近づくな。二度と現れないならこのデータはこのまま手元に眠らせておく」

 低い声で言った霧島くんを見て、男は悔しそうに顔を歪めたかと思うと、私たちに背を向けて走り去っていった。逃げ出した相手を見送った後、私と中津川さんは霧島くんにわっと駆け寄った。

「凄い、霧島くん!」

「霧島さんありがとうございます!」

「いえいえ。録音しておいたのは本当なので、中津川さんにデータは送っておくね」

 特に自慢げにすることもなく、彼はスマホを操作している。私は感嘆のため息を漏らし、霧島くんをなお褒めた。

「ずっと冷静だったし、凄いよほんと……録音して、相手の会社に送るとかさ」

「どう見ても相手は仕事帰りの恰好だったから定職にはついてるみたいでしたし、飲み会で仕事について話したって中津川さんが言ってたので、じゃあ相手のことも聞いてるだろうな、と思って」

「……凄い。凄いよ霧島くん」

 彼がモテる理由を、今再確認した。顔もよくてこんな風に機転がきくんじゃ、そりゃ女は惚れること間違いないだろう。

 中津川さんは必死に私たちに頭を下げてお礼を言った。霧島くんはともかく、私なんて何もしてないし、中津川さんと一緒に怖がってただけなのに。

 今度お礼をします、と言ってくれた中津川さんに遠慮しながら、とりあえず彼女の家まで送った。三人で並んで帰りながら、今後について話す。

 これで相手が諦めてくれればいいが、逆恨みしてくる可能性もあるので、しばらく用心するに越したことはない、と結論が出た。中津川さんは一人になるのを避け、帰りは時間が合えば霧島くんが送っていくということになる。無理な場合は、他の同僚かタクシーで帰宅することになった。




「ほんとーに、ありがとうございました!」

 アパートの部屋の前で深々と頭を下げる中津川さん。私は首を横に振る。

「霧島くんがほとんどやってくれて……私は何も出来なくてごめんね。戸締り、しっかりしてね!」

「はい、霧島さん、ありがとうございました……」

 中津川さんの、霧島くんを見上げる目が完全にハートになっている。まあ、あんな風に守られればそうなるのは仕方ない気もする。こうやってまた一人が沼っていくのか。

 霧島くんは涼しい顔をして手を小さく振った。

「ううん、おやすみ。また明日ね」

 二人で中津川さんのアパートを出て、ゆっくり歩き出す。外はもう星も見えており、人気のない細い道は街灯だけが頼りだ。

「霧島くん、家どっちだっけ?」

「送っていきますよ」

「え? いいよ別に!」

「先輩も女性なんだし、防犯グッズは中津川さんにあげちゃったし。一人なんて危ないですよ」

 私の方を見て、目を細めて笑ってくれる彼に少したじろいでしまった。こりゃ、凄い。

「あ、ありがとう……さすがだね。顔だけでモテてるわけじゃないんだなって、今日痛感したよ」

「ははっ。惚れた?」

「霧島くんが年下じゃなくて誠実で一途だったらね」

「きびしー」

 また声を上げて笑った彼だが、すぐに笑いを止めてこちらを見てくる。

「ていうか、俺不誠実? どんなイメージなんですか?」

「えっ? えーと、美人にたくさん告白されて付き合ってて……来る者拒まず、去るもの追わず……いろんな人と長続きせず短期間でさよならしてる、みたいな」

「違いますよ!」

「え?」

「来る者拒まずなんて。俺だって好みはあります!」

「そこかい」

 呆れて突っ込んでしまうが、彼はまたおかしそうに笑い声をあげる。
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