左遷先は月運行局分局 ――追放ヒロインのスキルで、公務も恋も大逆転
第15話 『第三の大逆転:公開入札の罠』
帰り際、星芽が小さく手を振る。段ボールの角が丸くなって、今日の疲れもやわらいだ気がした。
朝、分局の掲示板に“公開入札”の要項が貼られた。常設化の第一弾――『案内と安全の可視化』。応募は三社。のれん式を応用した拡散幕、反転ラベルと負荷分散リングの組合せ運用、そして安値が売りの光る矢印パネル。倖菜は朱で『白で勝とう』とだけ書いた。朱は旗ではない。句読点が置かれたら、文章は前へ進める。
会場は港の三叉路。公開試験で比べる。順序は耳→足→目→笑い。秒・写真・一行。善裕は白板の“戻り矢印”に丸を増やし、『ここで止まれる』の印を角ごとに用意。ことみは“拾い音なし”を五秒で開始。Δψ=2.7°は据え置き。数字は式のまま、道具で合わせる。
そこへ現れたのが、入札窓口の若手・亮浩。スーツの肩に新品の皺。「安い方が町は助かります。光る矢印はわかりやすいし、写真映えもします」――声は張っているが、現場の風を吸っていない。咲那は板帳の端に、小さく『焦り』と書いた。焦りは、早いようで遅い。
最初の実験は、光る矢印パネル。視線は素直に吸い寄せられ、直線は気持ちよく伸びる。最初の五十メートルは、確かに早い。が、角で詰まる。止まる場所がないからだ。ことみの眉が寄り、欄干の鳴きが高く跳ねる。写真の白は派手な光で汚れ、『うまくいった瞬間』が埋もれる。白が汚れると、余白が減る。余白が減ると、人は自分の言葉で読めない。
次に、拡散幕。のれん式ディフューザーの親戚。湯気の屈折をほぐした経験が、昼の陽炎にも効く。視線の誤読が減り、列は二肩半+掌で揃う。翼が幕の端を指一本だけ短く折り、倖菜が朱で『幕=仮設/撤去十歩』と一行。写真の白は保たれる。
三番目が、組合せ運用(反転ラベル+負荷分散リング)。ラベルは“写真に写らない薄さ”で伏せ、リングは角の手前で半歩戻す。白が広がるほど、合図は短くて済む。星芽は○を作り、左右へ開いた。「みぎ、ぎゃく」。指の高さは中。合図の音程が、昼の速度計になる。
公開結果を可視化パネルの“現在”に貼る。『光矢:スタート速い/角で詰まる/白が汚れる』『幕:誤読減/肩幅+0.2人』『組:停止作動/戻れる速さ』。秒・写真・一行。誰が見ても、比較できる。亮浩の視線が白から逃げた。白は誤魔化しを写さないからだ。
だが罠はここにあった。光る矢印の担当営業が笑って言う。「試験だけ“暗め”にすれば、光の優位は増しませんか」。亮浩がわずかに頷いた。条件いじり。現場では、それが事故の入口。咲那は首を振り、「平均は紙で作る。今は、今で比べる」。倖菜は朱で『条件固定:Δψ2.7°/拾い音5s→7s→5s』と明記し、丸を一つ。朱は旗ではない。句読点だ。
午後の第二ラウンド。光る矢印は暗め設定で再挑戦。確かに目を奪う。が、拾い音なしの七秒に入ると、矢印の光は音を無視する。合図が通らない。列がうねり、直線で押す人が出る。玲空のチャイムが裏拍で注意を入れ、善裕が白板の矢印を一本曲げた。曲がった矢印は、正しい。直線を救うのは、曲線だ。
拡散幕は、条件を変えても効いた。視線の屈折を鈍らせ、写真の白を守る。組合せ運用は、停止一秒中に『承認→視線転換→戻り矢印更新』を入れ、アイドル式が自然に発動する。止まっているのに進む。進んでいるのに、壊さない。
亮浩はなおも食い下がる。「でも安いんです」。安いのは良い。安い“だけ”は悪い。倖菜は朱で『トータルコスト=設置+事故+撤去十歩』と書き、可視化パネルに『事故想定コスト』の小さな列を追加。事故が起きるたび、秒で止まり、写真で整え、十歩でやり直す――それを毎日やるコスト。光は安くても、白が高い。
公開入札は“見積書”ではなく“読みやすさの勝負”だ。観客の肩が落ち、拍手の前にチャイムが一打。星芽が○を作り、左右へ開く。「みぎ、ぎゃく」。合図は短く、場は長持ち。
最後に“逆相”も試す。反転ラベルは一枚で足りる。光る矢印は逆相に弱い。『→』が反転して『←』に見えた瞬間、列は迷う。迷う時間が、コスト。写真の白は、迷いを隠さない。隠さないものが、現場では強い。
結果発表の前、亮浩が営業に耳打ちされ、条件の条項に“夜間優先”の一文を追加しようとした。夜に強いのは光、という誘導だ。倖菜は静かに眉を上げた。眉は、旗より速い。咲那は即席の公開ナイト試験を提案し、ことみが“拾い音なし”を7秒に延長。玲空のチャイムが裏拍。拡散幕は夜でも白を守り、組合せ運用は温帯の匙で指示を通す。光は、夜の白をさらに汚した。
決定。入札の落札方式は、拡散幕+組合せ運用に。光る矢印は不採用。『白=読みやすさ=合意』が理由として記録される。秒・写真・一行。短い。短いから、通る。営業は肩を落とし、亮浩は視線を落とした。落とした視線の先に、白があった。
終わりに、亮浩が小さく頭を下げた。「焦っていました」。倖菜は頷き、朱で『焦り=早い風の遅さ』と一行。翼が白胡麻の飴を二つに割って差し出し、ことみが小声で『今日は二回まで』と笑う。笑いは、場の再起動。
分局に戻ると、掲示板の“平均/現在”の境目に、細い鉛筆線が一本増えた。線を跨ぐと、足は半歩だけゆっくりになる。その半歩が、入札の罠を無効化する。咲那は板帳に二行――『安さ=白の敵ではない』『安さだけ=白の敵』。そして小さな点。点は小さいが、明日を呼ぶ。溺愛の芽が、そこにある。
第三ラウンドは、“家での再現性”。分局の台所と同じ環境を会場脇に作り、のれん・拡散幕・光る矢印を順に試す。家の湯気は嘘をつく。屈折は、台所にもいる。光は家の白を汚し、写真の余白を奪う。拡散幕は白を保ち、組合せ運用は『角で一秒』『半歩戻し』『十歩』を文章にせず体に入れる。家で効くやり方は、外でも強い。外で弱いものは、家でも弱い。
“安さ”だけを基準にした場合の将来コストも、十歩で可視化した。翼が『毎夜のやり直し十歩×365』をボードに書き、善裕がその横に小さな丸を増やす。丸が増えるほど、戻れる。戻れるほど、事故は未然に小さくなる。戻れない安さは、翌年に高い。
ことみは観客の前で、耳の実験をした。光る矢印の前で『拾い音なし』を七秒作ると、矢印は聴こえない。拡散幕の前では、合図が聴こえる。聴こえる合図は、短くて済む。短い合図は、読みやすい白と仲がいい。白と合図が組むと、速さは壊れない。
亮浩は『光のほうが目立つから安全』と繰り返した。咲那は写真を二枚並べた。『目立つけど戻れない』と『目立たないけど戻れる』。安全は、戻れる速さの別名だ。観客の肩が落ちる。肩が落ちた肩幅は、二肩半+掌。掌一枚分の余裕が、明日の余白になる。
営業は最後の賭けに出た。『LEDは広告収入が取れます』。倖菜は朱で『広告=言葉/白=言葉の前段』と一行。言葉を増やすほど、白は減る。白が減るほど、事故は近づく。広告収入は、事故の支出で溶ける。朱は旗ではない。計算の句読点だ。
子どもたちの観察も強かった。『光るやつ、きれい。でも、こわい』。『幕のやつ、すき。風でゆれて、おとながゆっくりになるから』。短い。短いから、届く。麻理江が第三者ログに子どもの一行を追加した。ログに子の声が並ぶと、大人の声は短くなる。短い声は、通る。
夕暮れ、風が少し冷えた。玲空がチャイムを明→暗で二打。明から暗への二打は、今日の判断の句読点。善裕は白板の矢印を太くなぞり、星芽は○を作って左右へ開いた。「みぎ、ぎゃく」。合図は短い。短いが、町の文章を前へ押す。
結果発表の紙を貼るとき、翼が一日一ガシャーンを堪えきれず、掲示板の留め具に肘を――触れない。『ここで止まれる』の丸を跨いだからだ。観客が笑う。笑いは、一拍。一拍が、判断を確かなものにする。
撤収は十歩。拡散幕は折り、ラベルは剥がし、リングは回収。跡は残さない。跡を残さないと、明日の白が太くなる。太い白は、入札の記憶になる。記憶が白で残る町は、安さの罠に落ちない。
夜、分局での片付けの最中、亮浩がドアの外で立っていた。翼が先に気づき、ドアを半歩だけ開ける。半歩は、招待の合図。招待された亮浩は、家ののれんを一度くぐって、帰った。のれんは、町へも効く。
朝、分局の掲示板に“公開入札”の要項が貼られた。常設化の第一弾――『案内と安全の可視化』。応募は三社。のれん式を応用した拡散幕、反転ラベルと負荷分散リングの組合せ運用、そして安値が売りの光る矢印パネル。倖菜は朱で『白で勝とう』とだけ書いた。朱は旗ではない。句読点が置かれたら、文章は前へ進める。
会場は港の三叉路。公開試験で比べる。順序は耳→足→目→笑い。秒・写真・一行。善裕は白板の“戻り矢印”に丸を増やし、『ここで止まれる』の印を角ごとに用意。ことみは“拾い音なし”を五秒で開始。Δψ=2.7°は据え置き。数字は式のまま、道具で合わせる。
そこへ現れたのが、入札窓口の若手・亮浩。スーツの肩に新品の皺。「安い方が町は助かります。光る矢印はわかりやすいし、写真映えもします」――声は張っているが、現場の風を吸っていない。咲那は板帳の端に、小さく『焦り』と書いた。焦りは、早いようで遅い。
最初の実験は、光る矢印パネル。視線は素直に吸い寄せられ、直線は気持ちよく伸びる。最初の五十メートルは、確かに早い。が、角で詰まる。止まる場所がないからだ。ことみの眉が寄り、欄干の鳴きが高く跳ねる。写真の白は派手な光で汚れ、『うまくいった瞬間』が埋もれる。白が汚れると、余白が減る。余白が減ると、人は自分の言葉で読めない。
次に、拡散幕。のれん式ディフューザーの親戚。湯気の屈折をほぐした経験が、昼の陽炎にも効く。視線の誤読が減り、列は二肩半+掌で揃う。翼が幕の端を指一本だけ短く折り、倖菜が朱で『幕=仮設/撤去十歩』と一行。写真の白は保たれる。
三番目が、組合せ運用(反転ラベル+負荷分散リング)。ラベルは“写真に写らない薄さ”で伏せ、リングは角の手前で半歩戻す。白が広がるほど、合図は短くて済む。星芽は○を作り、左右へ開いた。「みぎ、ぎゃく」。指の高さは中。合図の音程が、昼の速度計になる。
公開結果を可視化パネルの“現在”に貼る。『光矢:スタート速い/角で詰まる/白が汚れる』『幕:誤読減/肩幅+0.2人』『組:停止作動/戻れる速さ』。秒・写真・一行。誰が見ても、比較できる。亮浩の視線が白から逃げた。白は誤魔化しを写さないからだ。
だが罠はここにあった。光る矢印の担当営業が笑って言う。「試験だけ“暗め”にすれば、光の優位は増しませんか」。亮浩がわずかに頷いた。条件いじり。現場では、それが事故の入口。咲那は首を振り、「平均は紙で作る。今は、今で比べる」。倖菜は朱で『条件固定:Δψ2.7°/拾い音5s→7s→5s』と明記し、丸を一つ。朱は旗ではない。句読点だ。
午後の第二ラウンド。光る矢印は暗め設定で再挑戦。確かに目を奪う。が、拾い音なしの七秒に入ると、矢印の光は音を無視する。合図が通らない。列がうねり、直線で押す人が出る。玲空のチャイムが裏拍で注意を入れ、善裕が白板の矢印を一本曲げた。曲がった矢印は、正しい。直線を救うのは、曲線だ。
拡散幕は、条件を変えても効いた。視線の屈折を鈍らせ、写真の白を守る。組合せ運用は、停止一秒中に『承認→視線転換→戻り矢印更新』を入れ、アイドル式が自然に発動する。止まっているのに進む。進んでいるのに、壊さない。
亮浩はなおも食い下がる。「でも安いんです」。安いのは良い。安い“だけ”は悪い。倖菜は朱で『トータルコスト=設置+事故+撤去十歩』と書き、可視化パネルに『事故想定コスト』の小さな列を追加。事故が起きるたび、秒で止まり、写真で整え、十歩でやり直す――それを毎日やるコスト。光は安くても、白が高い。
公開入札は“見積書”ではなく“読みやすさの勝負”だ。観客の肩が落ち、拍手の前にチャイムが一打。星芽が○を作り、左右へ開く。「みぎ、ぎゃく」。合図は短く、場は長持ち。
最後に“逆相”も試す。反転ラベルは一枚で足りる。光る矢印は逆相に弱い。『→』が反転して『←』に見えた瞬間、列は迷う。迷う時間が、コスト。写真の白は、迷いを隠さない。隠さないものが、現場では強い。
結果発表の前、亮浩が営業に耳打ちされ、条件の条項に“夜間優先”の一文を追加しようとした。夜に強いのは光、という誘導だ。倖菜は静かに眉を上げた。眉は、旗より速い。咲那は即席の公開ナイト試験を提案し、ことみが“拾い音なし”を7秒に延長。玲空のチャイムが裏拍。拡散幕は夜でも白を守り、組合せ運用は温帯の匙で指示を通す。光は、夜の白をさらに汚した。
決定。入札の落札方式は、拡散幕+組合せ運用に。光る矢印は不採用。『白=読みやすさ=合意』が理由として記録される。秒・写真・一行。短い。短いから、通る。営業は肩を落とし、亮浩は視線を落とした。落とした視線の先に、白があった。
終わりに、亮浩が小さく頭を下げた。「焦っていました」。倖菜は頷き、朱で『焦り=早い風の遅さ』と一行。翼が白胡麻の飴を二つに割って差し出し、ことみが小声で『今日は二回まで』と笑う。笑いは、場の再起動。
分局に戻ると、掲示板の“平均/現在”の境目に、細い鉛筆線が一本増えた。線を跨ぐと、足は半歩だけゆっくりになる。その半歩が、入札の罠を無効化する。咲那は板帳に二行――『安さ=白の敵ではない』『安さだけ=白の敵』。そして小さな点。点は小さいが、明日を呼ぶ。溺愛の芽が、そこにある。
第三ラウンドは、“家での再現性”。分局の台所と同じ環境を会場脇に作り、のれん・拡散幕・光る矢印を順に試す。家の湯気は嘘をつく。屈折は、台所にもいる。光は家の白を汚し、写真の余白を奪う。拡散幕は白を保ち、組合せ運用は『角で一秒』『半歩戻し』『十歩』を文章にせず体に入れる。家で効くやり方は、外でも強い。外で弱いものは、家でも弱い。
“安さ”だけを基準にした場合の将来コストも、十歩で可視化した。翼が『毎夜のやり直し十歩×365』をボードに書き、善裕がその横に小さな丸を増やす。丸が増えるほど、戻れる。戻れるほど、事故は未然に小さくなる。戻れない安さは、翌年に高い。
ことみは観客の前で、耳の実験をした。光る矢印の前で『拾い音なし』を七秒作ると、矢印は聴こえない。拡散幕の前では、合図が聴こえる。聴こえる合図は、短くて済む。短い合図は、読みやすい白と仲がいい。白と合図が組むと、速さは壊れない。
亮浩は『光のほうが目立つから安全』と繰り返した。咲那は写真を二枚並べた。『目立つけど戻れない』と『目立たないけど戻れる』。安全は、戻れる速さの別名だ。観客の肩が落ちる。肩が落ちた肩幅は、二肩半+掌。掌一枚分の余裕が、明日の余白になる。
営業は最後の賭けに出た。『LEDは広告収入が取れます』。倖菜は朱で『広告=言葉/白=言葉の前段』と一行。言葉を増やすほど、白は減る。白が減るほど、事故は近づく。広告収入は、事故の支出で溶ける。朱は旗ではない。計算の句読点だ。
子どもたちの観察も強かった。『光るやつ、きれい。でも、こわい』。『幕のやつ、すき。風でゆれて、おとながゆっくりになるから』。短い。短いから、届く。麻理江が第三者ログに子どもの一行を追加した。ログに子の声が並ぶと、大人の声は短くなる。短い声は、通る。
夕暮れ、風が少し冷えた。玲空がチャイムを明→暗で二打。明から暗への二打は、今日の判断の句読点。善裕は白板の矢印を太くなぞり、星芽は○を作って左右へ開いた。「みぎ、ぎゃく」。合図は短い。短いが、町の文章を前へ押す。
結果発表の紙を貼るとき、翼が一日一ガシャーンを堪えきれず、掲示板の留め具に肘を――触れない。『ここで止まれる』の丸を跨いだからだ。観客が笑う。笑いは、一拍。一拍が、判断を確かなものにする。
撤収は十歩。拡散幕は折り、ラベルは剥がし、リングは回収。跡は残さない。跡を残さないと、明日の白が太くなる。太い白は、入札の記憶になる。記憶が白で残る町は、安さの罠に落ちない。
夜、分局での片付けの最中、亮浩がドアの外で立っていた。翼が先に気づき、ドアを半歩だけ開ける。半歩は、招待の合図。招待された亮浩は、家ののれんを一度くぐって、帰った。のれんは、町へも効く。