子供ができていました。でも、お知らせするつもりはありませんでした。
「仕事は続けてもらっても、構いません。ただし、同居はしてもらいます。考えてみてください、入籍しているのに親が別居しているなんて、子供の情操に良くない」
「…………」

 幸いにも、まだその子は未就園児だ。人生の最初の段階で躓くことなくスタートできる――美月は先の佑のセリフを反芻する。彼の口からは、『人生の最初の段階』だけでなく、『子供の情操』なんて単語も出てきた。御曹司の子供には、親の御曹司と同じ環境を与えたいというのが、ありありとわかる。

 さて、この子育て理論をどう切り崩そうかと美月は思案する。その間にも、佑は次々と外堀を埋めていく。

「もちろん、婚姻届の提出はこのあとすぐにできても、引っ越しなどは時間がかかるでしょう。その子の入園までに完了していればいい。まだ半年近くあるので、そう無茶なことでもないでしょう」
「…………」

(あ、うまいなぁ~、押し切られそう……)
(こうなったら、こういうしかないわよね~)

 美月は覚悟を決めて、反撃に出た。これならきっと、入籍することに躊躇するに違いない。

「恥を承知で、お知らせします。私、仕事人間なので家事が一切できません。だから拓海ができて、母のそばへ引っ越したのです。こんな状態ですから、その、わかるでしょ? 仕事と育児の両立ができないので、結婚は無理です」

 どうだといわんばかりの美月の辞退理由である。腕組みしたくなる気分だが、なんとかそれは押しとどめた。

 だが、鉄壁に思われた美月の結婚できない理由は、あっさり壊された。
 佑は、何だそれだけのことかといわんばかりに、軽く告げた。

「そのことなら……我が家にはお手伝いがいるから、心配不要だ。両親がジェンダーを超えて活躍する姿は、きっと子供にいい影響が出る。大いに業務に励んでくれていいい」
「…………」
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