子供ができていました。でも、お知らせするつもりはありませんでした。


 美月は出張で、ここベルギーにきていた。ヨーロッパでも有名なこのビジネスショーへ、長年の申請が通って、やっと視察派遣されたのだった。
 同僚と共にベルギー入りするものの、彼らとは目的が違うから一緒にビジネスショーを回るわけではない。集合場所と時間だけを決めて、自由行動となる。各々が、自分のプロジェクトに合う商品を探したり同業他社の商品を偵察したりするのだ。もちろん、業界研究のために競合他社のパンフレットを片っ端からもらってくるのはデフォ。こんな具合に、華やかなショー会場を美月はあちこちとうねり歩いていた。

 学会と違ってビジネスショーなので、出展メーカーのプレゼンテーションは論文発表でなく営業である。きちっとしたビジネススーツの人がいれば、ラフなカジュアルオフィススタイルの人もいる。また現場感を出すために、作業服の人もいる。
 ビジネスショーは商品だけでなく、そこに集まる人も多種多様であった。世界各国からメーカーが集まっていればそこに集う人も世界各国からとなり、人類の見本市とも化していた。

 そんなワールドワイドなビジネスショーのとあるブースで、生き生きと商品説明をするビジネススーツの青年がいた。黒髪に黒い瞳、売り込む製品も日本製のものであればプレゼンタ―も日本人である。他国で自国を見つけた瞬間だった。

(ヨーロッパで日本人だけのブースって、却って目立つな。日系メーカーでも現地雇用の外国人とのコンビネーションが多いんだけど)
(でも、それ、ちょっと嬉しいかも。日本、頑張っているって感じだし!)
(全然知らない人だけど、同志に会った気分だわ)

 美月が勝手な旅愁に浸っているところに、後ろから声がかかる。偶然、近くのエリアを散策していた先輩同僚だった。その彼女が佑の姿を認めて、こっそり美月に教えた。

「あの人、このメーカーの創業家の人じゃないかな」
「そうなの? 創業家御一族さまが、前線で体を張って売っているのね。でも、有紀さん、なんでそんなこと知ってるの?」
「だって有名だもん、あの人」
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