キミの隣は俺の場所
数日後
窓から差し込む柔らかい朝の光が、部屋の中に静かに広がっていた。
「……なあ、陽菜」
ベッドの上で毛布にくるまりながら、楓がぼんやりとした声で私を呼ぶ。
まだ完全には治ってないけれど、熱も下がって、歩けるくらいには回復した。
「なに?」
私は洗面器を持って戻ってきたところで、ベッド脇に腰を下ろした。
まだ少し眠たげな彼の顔に、思わず微笑んでしまう。
「……俺、もうすぐ退院って気分なんだけど」
「いや、入院してないけどね?」
「ほぼ入院だったろ、この数日」
「まぁ、うちの看護体制は万全だったからね」
私はタオルを軽く絞って、彼の額をぬぐう。
楓は目を閉じて、それを素直に受け入れていた。
恋人になってから、こうして触れ合うことが増えたけれど、
まだちょっとだけ照れくさい。
「……なに?」
「え、なにが?」
「いや、その、ずっと見てるから」
「見てちゃダメ?」
「……いや、いいけど」
楓はそう言って、タオルでぬぐわれる自分の額に触れた。
「陽菜の手、冷たくて気持ちいい。看護師向いてんじゃね?」
「将来の参考にするね」
「……俺、専属希望で」
その言葉に、思わず吹き出してしまった。
「楓専属って、だいぶ重労働なんだけど」
「でも特別手当つくでしょ? こう……キスとか」
「……バカ」
私は顔を赤くしながらも、そっと彼の髪を撫でた。
風邪をひいて弱っていた数日間、私がどれだけ怖かったか、彼は知らない。
「本当に、元気になってきてよかった」
「心配、させたな」
楓は急に真面目な顔になって、私の手を握った。
「ありがとう、ずっとそばにいてくれて」
「……当然でしょ。恋人だし」
私がそう答えると、楓は照れくさそうに笑った。
そして少しだけ身を起こして、私の額に唇を触れさせた。
「手当、今の。これからも頼むな、専属ナースさん」
「……追加料金取るよ?」
「払う払う。全部、俺の時間で払うから」
その言葉に、胸の奥があたたかくなる。
この日常が、どれだけ尊いものなのか、今はよくわかってる。
もう少ししたら、また学校が始まる。
忙しい毎日が戻ってくる。
でも、こうして並んで笑い合える時間を、
二人で少しずつ積み重ねていけたら――それで十分。
「さ、朝ごはん作るから、ちょっと待っててね」
「……行かないでって言ったら?」
「また? もう子どもみたい」
そう言いながらも、私は立ち上がる直前に、彼の髪をくしゃっと撫でた。
「ごはん作って、すぐ戻ってくる。
そしたらまた、特別手当でもなんでもあげるから」
楓は笑いながら、そっと手を振って見せた。
「いってらっしゃい、ナース陽菜」
私は小さく笑って、キッチンに向かった。
心の中に、確かな幸福を抱えながら。
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