完璧な社長は、私にだけ素顔を見せて溺愛する

「やっぱり、ロードバイクですね。一人で都内を走り回ったり、休日には多摩川沿いを走ったり」

桐原社長の目が、その瞬間だけ遠くを見つめるような表情になった。

「風を感じながら、何も考えずに走る時間が一番落ち着きます。誰にも邪魔されない、本当の自分でいられる時間というか」

「本当の自分……」

私は、彼の言葉を繰り返した。

「新谷さんにとって、本当の自分でいられる時間って、いつですか?」

彼が身を乗り出すように、私に近づく。

至近距離で見つめられて、私の心臓が激しく鼓動し始める。コーヒーカップを持つ手が、小さく震えてしまう。

「そうですね……旅行しているとき、でしょうか。誰も知らない場所で、誰も知らない私になれる気がして」

私の答えに、桐原社長が深く頷いた。

「分かります。僕も、バイクで知らない道を走っている時、そんな気持ちになります」

二人の間に、静かな共感が流れた。

この人となら、本当の気持ちを話せるかもしれない。そんな安心感が、私の心を包んだ。

「実は、僕も最近、一人の時間の大切さを改めて感じているんです」

桐原社長が、急に真剣な表情になった。

「仕事では、常に『桐原社長』でいなければならない。でも、本当は……」

彼は、そこで言葉を止めた。

「本当は?」

私は身を乗り出した。
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