下剋上御曹司の秘めた愛は重すぎる

5年前の独白~Side伊吹~

走り出した車の窓から、はるちゃんの姿が見えなくなるまでずっと見つめていた。

大丈夫だろうか、彼女はずっと立ち尽くしたままだ。見えなくなっても後ろ髪引かれる思いで、来た道を眺めることしかできなかった。

「よっぽどお好きだったんですね」

「うるさいです」

祖父の第2秘書、そしてこれからは俺の秘書になる東城さんが運転席から淡々と話しかけてきた。

悪態で言い返したものの、彼は社長秘書として自分に任された仕事をこなしているだけだ。彼に文句を言うのは道理に反している。しかし今の一言は余計だった。

振り向くのはやめて、元の位置に戻った。

「シートベルトはきちんと締めて下さいね」
「わかってます。もう装着してる」

はぁと溜息を吐き、車の座席に深く腰をかけた。


今さっき、俺の何よりも大事だった世界は音を立てて崩れ去った。壊したのは自分のこの手。

この先はホテルロイヤルヴィリジアンの跡取りとして、すでに取り組み始めている事業改革を軌道に乗せなければならない。

しかし1番大切だったものを捨てて、一体何のために頑張るのだろうか。心の支えを失って、何のために生きろと言うのだろうか。

――俺は母の治療費のために、好きだった女の子を突き放した。

由比榛名、はるちゃん。俺の片思いだったが、もしかしたら彼女も俺のことを……と思う瞬間がなかったわけではない。気持ちを伝えようかと思う機会もあった。

だが、こんな貧乏で時間も金もない自分が、彼女と付き合いたいなどと望むのは到底おこがましいことだ。気持ちをグッと飲み込んだ。
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