解けない魔法を このキスで
国内外にいくつものリゾートホテルを展開している株式会社 新海ホテル&リゾート。
高良は半年前の4月から副社長となり、父である社長からいくつかのホテルを任されていた。

ここ『フルール葉山』もその1つで、今日は館内を見回りながら、支配人から説明を受けていた。

「秋のイベントに合わせて、館内の装飾も落ち着いた色合いにしています。和食レストランでは観月の夕べを企画し、フレンチやイタリアンではハロウィンの特別メニューのご提供も始めました。過ごしやすい季節になったこともあり、週末はもちろん、平日にもご婚礼が行われることが増えています」

婚礼、と聞いて高良はふと先ほどのことを思い出す。

(あのシンデレラは間に合ったのだろうか)

花嫁がカラードレスにお色直しをしたあと、急いでガーデンに向かったに違いない。
そう思い、何気なく支配人に尋ねる。

「今日のご婚礼は、挙式のあとガーデンでのパーティーですか?」

すると意外な答えが返ってきた。

「本日は午後から2組のご婚礼がありまして、どちらも披露宴会場をご利用です」
「え? では、今の時間は?」

時刻はまだ午前10時で、午後からの婚礼の準備にしては早すぎる。

(さっきのシンデレラはいったい?)

そう思っていると、支配人が手元のタブレットを操作し、『秋のブライダルフェア』と大きく書かれたホームページのイベント案内を見せた。

「ただ今の時間は、こちらのブライダルフェアを行っております。新作ドレスの発表会もあって、予約は受け付け開始当日に満席となりました」
「新作ドレスの発表会……」

それならあのシンデレラも、ドレスを披露するモデルだったということだろうか。

「このホテルのウェディングドレスは、ここでしか提携していないブランドでしたよね?」
「さようでございます。『ソルシエール』はSNSで話題の知る人ぞ知るドレスブランドですが、そのドレスを扱っているのはうちだけです。お陰様で、『ソルシエール』のドレスが着たいから、という理由で当ホテルでの挙式を決められる方も多いです」

そうだった、と高良は小さく頷く。
それほどまでに人気のブランドなら、ぜひ新海ホテル&リゾートが持つ他のホテルとも提携してほしいと申し出たが、何度も断られていた。

「ここ以外に提携してもらえないのは、人員的に無理だという理由でしたか?」
「ええ。『ソルシエール』は、イタリアやフランスに在住しているスタッフが最高級のシルクやレースを見繕って日本の本社に送り、ドレスを全て1から作っているのですが、その本社はここ葉山にあり、わずか二人で作業しているとのことです」
「え、たった二人で?」
「はい。代表の白石(しらいし)さんが、数年前に友人のウェディングドレスを頼まれて作ったところ、それがとても素敵だとSNSで広まり、依頼が殺到したことから始まった会社だそうです。なんと申しましょうか、商売というよりは好きでドレスを作っている、という印象を受けますね」
「なるほど。二人で作っているのなら、ここ『フルール葉山』にドレスを提供するのが精いっぱい、という訳か」

惜しい気持ちはあるが、そういう理由なら頷ける。
恐らく、誰でもいいから社員を増やそう、という考えもないのだろう。

「その新作ドレスの発表、今から見に行っても構いませんか?」
「はい、もちろん。ですが、時間的に終わる頃かもしれません」

支配人にそう言われたが、とにかく行ってみることにした。
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