解けない魔法を このキスで
その日の仕事を終えた高良は、ホテル『プラージュ横浜』の最上階にあるペントハウスのリビングで、ソファにドサッと身を投げる。

(ふう、今日も疲れたな)

『フルール葉山』の視察を終え、住まいであるこのペントハウスに戻って来たのは深夜の零時。
視察自体は特に大きな問題点もなく終えたが、ドレスブランド『ソルシエール』について議論することになった。

ホテル側としては、やはり系列ホテル全てと契約してほしい。
だが実際にドレスを作っているのがたった二人だと聞けば、それは難しいと諦めざるを得ない。
それならば、他の式場への持ち込み料を廃止してはどうかと幹部と話し合ったが、結論は出せなかった。

「今から廃止したのでは、既に持ち込み料を支払ってくださったお客様と不公平になる」
「うちでしかこのブランドのドレスは扱っていないというのが『フルール葉山』にとっての大きな強みだ。持ち込み料を廃止すれば、イコールどの式場でも着られるという解釈になり、うちとしては正直言って大きな痛手になる」

そんな意見が出たが、高良の思うところは別にあった。

(ドレスのデザインから製作までをたった二人で行っているのには、なにか信念があるのだろう。従業員を多く雇い、同じデザインで量産すれば巨額の利益が生み出せるはずだ。敢えてそれをしないだけの、強い想い……)

それを聞いてみたくなった。

(仕事に対する姿勢、なにをもって達成感ややりがいを見出しているのか)

ふと同じことを自分にも問う。

もともと高良は、この業界には興味がなかった。
高校1年生の時に父親に連れられて、オープンしたばかりの『フルール葉山』を訪れた時、「いずれはお前のものになるホテルだ」
と言われたが嬉しくもなんともなかった。
むしろ(なにを勝手なことを。俺は親父の仕事を引き継ぐ気はない)と心の中ではため息をついていた。
その頃の自分はIT関連に興味があり、自分で新たなビジネスを開拓したいという想いが強かったからだ。

ふてくされたように仕方なく父親と支配人について館内を回っていると、大階段で新郎新婦がブライダルフォトの撮影をしていた。
真っ白なドレスの長いトレーンが絨毯に美しく映え、微笑みながら見つめ合う二人に、カメラマンが何度もシャッターを切っている。
なんとなくその様子を見つめていると、高良のすぐ横に小学生くらいの女の子がやって来た。

「わあ、なんて素敵……」

うっとりと呟き、目をキラキラ輝かせながらウェディングドレスの花嫁に見とれている。

「ここはおとぎの国なのね。初めて見たわ、プリンセス。とっても綺麗」

両手を胸の前で合わせ、誰にともなくそう話す女の子に、後ろから母親が声をかけた。

「ほら、もう行くわよ」
「うん」

女の子は名残惜しそうに振り返りながら、母親のもとへ行く。

「お母さん、ここって夢が叶う場所なのね」
「ええ? テーマパークみたいってこと?」
「ううん、違う。夢が現実になるところ。ずっとずっと思い出に残る、さめない夢が叶う場所」
「ふふっ、なんだか大げさね」
「大げさじゃないもん。ほんとにそうなんだからね」

はいはいと受け流す母親に、女の子は真剣に訴えていたっけ。

「さめない夢が叶う場所、か……」

あの時の女の子の言葉をぽつりと呟きながら、高良は大きな窓の外に広がる横浜の夜景に目をやった。
この景色を見たら、あの子はなんと言うだろう?
想像した自分に、思わず苦笑いする。
もう17年も前のことだ、女の子だって今や大人の女性に成長しているだろう。

けれどあの子は、自分の気持ちを変えるきっかけをくれた。
おかげでこの業界で仕事をしようと思えたし、あの子の言葉は17年経っても色褪せることなく鮮明に覚えている。

高良はソファから立ち上がって窓際へ行き、月明かりを受けてキラキラと輝く海を見渡した。

(この景色を美しいと思える気持ちを失くしたくない)

改めてそう思い、ふっと柔らかく頬を緩めた。
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