解けない魔法を このキスで
このドレスでなければ
それから1か月ほど経った頃。
高良はいつものように『プラージュ横浜』の執務室で支配人と打ち合わせをしていた。
株式会社 新海ホテル&リゾートの本社は東京にあるが、高良はオフィスより現場にいたいという思いから『プラージュ横浜』に住み、普段の執務もここで行うことが多かった。
クリスマスや年末年始のイベントについて詳しく話を詰めていると、支配人の仕事用のスマートフォンが鳴り出す。
失礼いたします、と高良に断ってから、支配人は電話に出た。
「……なるほど。それでお客様はまだそちらに?……分かりました、これから向かいます」
そう言うと支配人は、スマートフォンをジャケットのポケットにしまって立ち上がる。
「副社長、失礼してブライダルサロンに行って参ります」
「なにかトラブルでも?」
「ええ、少々……。実は明日挙式の花嫁様が、最終打ち合わせにいらしているのですが、ウェディングドレスが小さくて入らないと」
どういうことだ?と高良は眉根を寄せる。
「私も同行する。歩きながら詳しく教えてください」
高良も立ち上がり、二人で肩を並べてブライダルサロンに向かった。
「担当のプランナーが申すには、その花嫁様は『フルール葉山』で見たソルシエールのドレスにひと目惚れして、持ち込み料を払ってでもこのドレスを着たいとおっしゃっていたそうです。既にドレスの調整を終えているのですが、本日念の為試着してみたところ、花嫁様はここ最近急に体重が増えてファスナーが閉まらなくなったと。挙式は明日の午前中ですし、諦めて別のドレスを選んでいただけないかとお話しすると花嫁様は泣き出してしまい、収拾がつかなくなったようです」
「なるほど」
現場では色んなことがあるものだと思いながら、高良はなんとか解決策を考える。
「そのドレスは、そのサイズでしかご用意がないのですか?」
「はい。ソルシエールのドレスはどれも一点もので、サイズ展開はしていません。なんでも、同じデザインでもサイズが違うと印象が変わってしまうらしくて。5号サイズから13号サイズまでのラインナップですが、デザインはサイズごとに違います。その花嫁様は、お色直しのカラードレスは別のブランドを選ばれたので、そちらはサイズアップするだけで良かったのですが、白ドレスはソルシエールを選ばれたのでそうもいかず……」
支配人の説明に、高良は険しい表情を浮かべた。
(ソルシエールのもこだわりも、ここまでくるとなかなかやっかいだな。こう言ってはアレだが、扱いづらい商品というか)
すると支配人も同じように考えていたのか、困ったように付け加える。
「ソルシエールのドレスがとても魅力的なのは誰しもが認めています。ですが、もう少し融通を利かせていただかなければ、トラブルの多発しかねません。うちのプランナー達はソルシエールに感謝半分、困惑半分、といった感じですね」
「そうか。『フルール葉山』でも、他の式場へのドレス持ち込み料に関して議論していた。まだまだ私の知らない問題点があるのだろうな。折を見て私もソルシエールの代表の方と、一度きちんと話し合いたいと思っています」
「そうしていただけると助かります」
結局解決策が見つからないまま、ブライダルサロンに着いた。
中に足を踏み入れると、すぐさまスタッフがやって来て、奥の打ち合わせスペースへと案内する。
そこには想像以上に号泣している花嫁がいた。
「どうしてもあのドレスでないと嫌なんです! 人生でたった一度の大切な日なんですよ? あのドレスじゃなければ、私は幸せになれません!」
ハンカチを握りしめて泣き叫ぶ花嫁のそばにひざまずき、プランナーが必死になだめている。
「お気持ちは大変よく分かります。花嫁様が主役の夢舞台ですものね、妥協する訳にはいきませんよね。でしたら花嫁様、また別の日に改めてこのドレスでフライダルフォトを撮影されてはいかがですか? 挙式と別撮りで、2着のドレスをお召しになれますよ」
「私はこのドレスしか着たくないの! 2着も着るなんて、絶対に嫌!」
「そ、そうですわね、失礼いたしました」
わーんと更に大きな泣き声が響き渡り、もはやプランナーの言葉も聞き取れない。
他のお客様がいらっしゃる前になんとかしなければと、他のスタッフもハラハラし始めた。
「困りましたね。とにかく別室にご案内いたしましょうか」
そう言って支配人が声をかけに行く。
だが「私を追い出そうってことですか!?」と更に逆上させてしまった。
これはいよいよマズイと、高良は考えを巡らせる。
そして入り口にいるスタッフに声をかけた。
「ソルシエールの代表の方の連絡先は?」
「はい、携帯番号がこちらです」
名刺を受け取ると、ジャケットの内ポケットからスマートフォンを取り出し、高良はすぐさま電話をかけた。
高良はいつものように『プラージュ横浜』の執務室で支配人と打ち合わせをしていた。
株式会社 新海ホテル&リゾートの本社は東京にあるが、高良はオフィスより現場にいたいという思いから『プラージュ横浜』に住み、普段の執務もここで行うことが多かった。
クリスマスや年末年始のイベントについて詳しく話を詰めていると、支配人の仕事用のスマートフォンが鳴り出す。
失礼いたします、と高良に断ってから、支配人は電話に出た。
「……なるほど。それでお客様はまだそちらに?……分かりました、これから向かいます」
そう言うと支配人は、スマートフォンをジャケットのポケットにしまって立ち上がる。
「副社長、失礼してブライダルサロンに行って参ります」
「なにかトラブルでも?」
「ええ、少々……。実は明日挙式の花嫁様が、最終打ち合わせにいらしているのですが、ウェディングドレスが小さくて入らないと」
どういうことだ?と高良は眉根を寄せる。
「私も同行する。歩きながら詳しく教えてください」
高良も立ち上がり、二人で肩を並べてブライダルサロンに向かった。
「担当のプランナーが申すには、その花嫁様は『フルール葉山』で見たソルシエールのドレスにひと目惚れして、持ち込み料を払ってでもこのドレスを着たいとおっしゃっていたそうです。既にドレスの調整を終えているのですが、本日念の為試着してみたところ、花嫁様はここ最近急に体重が増えてファスナーが閉まらなくなったと。挙式は明日の午前中ですし、諦めて別のドレスを選んでいただけないかとお話しすると花嫁様は泣き出してしまい、収拾がつかなくなったようです」
「なるほど」
現場では色んなことがあるものだと思いながら、高良はなんとか解決策を考える。
「そのドレスは、そのサイズでしかご用意がないのですか?」
「はい。ソルシエールのドレスはどれも一点もので、サイズ展開はしていません。なんでも、同じデザインでもサイズが違うと印象が変わってしまうらしくて。5号サイズから13号サイズまでのラインナップですが、デザインはサイズごとに違います。その花嫁様は、お色直しのカラードレスは別のブランドを選ばれたので、そちらはサイズアップするだけで良かったのですが、白ドレスはソルシエールを選ばれたのでそうもいかず……」
支配人の説明に、高良は険しい表情を浮かべた。
(ソルシエールのもこだわりも、ここまでくるとなかなかやっかいだな。こう言ってはアレだが、扱いづらい商品というか)
すると支配人も同じように考えていたのか、困ったように付け加える。
「ソルシエールのドレスがとても魅力的なのは誰しもが認めています。ですが、もう少し融通を利かせていただかなければ、トラブルの多発しかねません。うちのプランナー達はソルシエールに感謝半分、困惑半分、といった感じですね」
「そうか。『フルール葉山』でも、他の式場へのドレス持ち込み料に関して議論していた。まだまだ私の知らない問題点があるのだろうな。折を見て私もソルシエールの代表の方と、一度きちんと話し合いたいと思っています」
「そうしていただけると助かります」
結局解決策が見つからないまま、ブライダルサロンに着いた。
中に足を踏み入れると、すぐさまスタッフがやって来て、奥の打ち合わせスペースへと案内する。
そこには想像以上に号泣している花嫁がいた。
「どうしてもあのドレスでないと嫌なんです! 人生でたった一度の大切な日なんですよ? あのドレスじゃなければ、私は幸せになれません!」
ハンカチを握りしめて泣き叫ぶ花嫁のそばにひざまずき、プランナーが必死になだめている。
「お気持ちは大変よく分かります。花嫁様が主役の夢舞台ですものね、妥協する訳にはいきませんよね。でしたら花嫁様、また別の日に改めてこのドレスでフライダルフォトを撮影されてはいかがですか? 挙式と別撮りで、2着のドレスをお召しになれますよ」
「私はこのドレスしか着たくないの! 2着も着るなんて、絶対に嫌!」
「そ、そうですわね、失礼いたしました」
わーんと更に大きな泣き声が響き渡り、もはやプランナーの言葉も聞き取れない。
他のお客様がいらっしゃる前になんとかしなければと、他のスタッフもハラハラし始めた。
「困りましたね。とにかく別室にご案内いたしましょうか」
そう言って支配人が声をかけに行く。
だが「私を追い出そうってことですか!?」と更に逆上させてしまった。
これはいよいよマズイと、高良は考えを巡らせる。
そして入り口にいるスタッフに声をかけた。
「ソルシエールの代表の方の連絡先は?」
「はい、携帯番号がこちらです」
名刺を受け取ると、ジャケットの内ポケットからスマートフォンを取り出し、高良はすぐさま電話をかけた。