解けない魔法を このキスで
「お疲れ様。もしよければ、ペントハウスで夕食をごちそうさせてほしい。それともまだ仕事が残ってる?」

片づけを終えた美蘭に、高良はそう声をかけた。

「いえ、今日の仕事はこれで終わりです」
「良かった、それならぜひ。食事の席で話をさせてほしい」
「分かりました」

二人でペントハウスに向かい、高良は腕時計に目を落とす。

「まだ16時か……。夕食には早すぎるな。紅茶でも淹れよう」

ソファに促すと、美蘭が控えめに口を開いた。

「あの、新海さん」
「ん? なに」
「よければ紅茶ではなくて、ブラックのコーヒーをいただけませんか?」
「ああ、構わないが……。君、ブラック派だった?」

これまで何度か一緒に食事をしたが、美蘭はコーヒーにはミルクを入れて飲んでいたのを思い出す。

「普段は飲みませんが、今日は……」

そう言う美蘭がなんだかぼんやりしているように見えて、高良は心配になった。

「もしかして、体調が悪い?」
「いえ、違うんです」
「あ、時差ボケか?」

美蘭はコクリと頷く。

「すみません。仕事中はなんともなかったんですけど、終わってホッとしたら急に眠気が……」
「そうか、分かった。2階の寝室で少し休むといい」
「そんな! 大丈夫です」
「無理するな。いや、もう既に無理をしているから、これ以上はだめだ」

そう言って2階に連れて行こうとすると、美蘭は首を振った。

「あの、ほんとに大丈夫です。それに早く時差ボケを治したくて。今お昼寝したら、また体内時計がおかしくなっちゃいます」
「そうか。でも……」

高良は思案する。
本当は二人でゆっくり夕食を食べたかったが、早く帰して休ませてやりたい。

「分かった。それなら夕食はやめて、少しだけ話をさせてくれ」

そのあと車で葉山の自宅まで送り届けよう。
それなら車の中で眠ることも出来る。

そう思い、高良はミルクティーを淹れて、美蘭の前のテーブルに置く。

「ありがとうございます」

カップに口をつけた美蘭は、ホッとしたように「美味しい」と呟いた。

その姿に頬を緩めてから、高良は自分にもコーヒーを淹れる。

(どうやって切り出そう)

まずは食事をしながら雑談をと思っていたが、タイミングが早まり、高良は話のきっかけを探した。

(疲れているだろうから、長く引き留めてはいけない。それならまた別の日に改めるか? いや、もうこれ以上は待てない)

ストレートに気持ちを打ち明けよう。
そう決心して、高良はコーヒーカップを手にソファに戻った。

「白石さん。君に話があるというのは……、え?」

向かい側に腰を下ろして顔を上げると、美蘭はソファに背を預けてスーッと寝入っていた。

(いつの間に? 1分も経っていないのに?)

驚いてから、やれやれと苦笑いする。

(よほど疲れていたんだろう。このまま少しだけ寝かせてやりたい)

高良はクローゼットからブランケットを取り出し、美蘭の肩にそっとかける。
シーリングライトを絞ると、デスクでパソコンに向かいながら美蘭の様子を見守った。
気持ち良さそうに眠っているあどけない寝顔に、ふっと笑みをもらす。

穏やかな空気が流れているのを感じながら、高良は静かにキーボードに指を走らせていた。
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