花の浄化執行人 血のリコリス 水晶の魔都編

15話

     ◇◇ ◆◆ ◇◇ 

「誰かやってくるだろうと思っていたけど、まさか出来損ないのお前だったなんてね。笑わせてくれるわ。だけど、へぇ、ちょっと見ない間に、ずいぶんらしくなったじゃないの。魔導士だなんてまったく笑わせるわ」

 あははははっと体をのけぞらせて蔑んだ笑い声を上げた瞬間、女は「ハッ」と唾棄し、セラを睨み据えた。

「こざかしい」

 真紅のドレスをまとい、艶やかな恰好をした女の名はカーヒル・ザレーン、〝赤い大魔女〟との名を馳せる強力な魔導士だ。ドレス同様、その髪も紅蓮の炎のように赤い。セラの面が厳しくなる。

「水晶のティーネスをたぶらかしたのはあなただったのですね。それなら話の辻褄も合う。封印され、異空間を彷徨うラシャリーヤから連れ出し、月の軌道の違う日にアリューシャ姫を攫って、また舞い戻るなど」

 カーヒルの眉間のしわが深くなった。

「私はお前のような中途半端な存在は大嫌いなんだよ。魔導士? 笑わせるんじゃないよ。お前はただの妖魔じゃないか。愚かな女が妖魔と交わって産み落とした穢れ物だ。半妖の分際でエラそうに」

「…………」

「そのツラ、まったくもって気に入らない。人間をたぶらかすために作られたモノだろう。妖魔はどこまで行っても妖魔だ。半妖も同様。竜は特別? ハッ、竜とて妖魔だ。そんな存在と交わるなど、己の中身が人間ではないと認めたようなもの。さらにそこから穢れを産み落とすなど言語道断。汚らわしい存在などいないほうがいい。私がついでに掃除してやる」

 セラは唇を真一文字に引き結び、カーヒルを睨みつけた。

「容姿は関係ないでしょう。それに私がどんな出自で、どんな存在であっても、あなたには関係のないことです。私の仕事はアリューシャ姫を連れ戻すこと。これを邪魔するなら始末するまで」

 セラは手に持つ杖の先をカーヒルに向けた。それをカーヒルがバカにしたように笑い飛ばす。

「半妖の分際で」

 カーヒルの反応などまったく眼中にないセラは、ブツブツとなにか言っている。そこに呼応して竜の目が金色に煌く。そしてセラの体から幾筋もの閃光がカーヒルにめがけて迸った。

「こんな下等な魔法が効くものか!」

 カーヒルが腕を大きく振ると閃光が消滅した。しかしながら、また新たな閃光が生まれる。カーヒルが打ち払えども打ち払えども、閃光は発生し、向かっていく。カーヒルの顔から嘲笑が消えた。

「このクソガキ!」

「ガキって年ではないですけどね」

 両手でしっかり握っている杖、その先にあるいぶし銀造り竜の目が煌々と光っている。

「私からしたらお前など汚らしいガキだよ。アリューシャを連れ戻す? あの娘はラシャリーヤを復活させるための大切な生贄なんだ。渡すわけにはいかないんだよ」

「復活とは片腹痛い。死した街を蘇らせるなど不可能。ラシャリーヤは封じられ、消滅したんです。遥か古代に。復活などありえない」

「本当に生意気なガキだよ、お前は。でもね、この城は魔導士に対して強力な防御を誇っている。道を開いた私以外の魔導士は手も足も出ない。特にこの城は、女王の居城であると同時にクレイシャの神殿だ。『時の間』にだって入ることができないはずだよ。どうだい? 一度、試してみるかい?」

 セラの顔がわずかばかりこわ張った。

「ほらご覧。よくわかっているじゃないか。お前はここで私に滅ぼされて消えちまうんだ」
「私はあなたが思っているほど弱くありませんよ」
「そーかい。けど、私には勝てない」

 カーヒルがパチンと指を鳴らすと、床から不気味な姿をした小人がボコボコと無数に発生し、セラを取り囲んだ。セラの半分ほどの背たけで、肌の色は黒と緑のまだら模様。耳が異様に大きく先が尖っていて、長い尻尾が生えている。

「腹を空かせたこいつらの、ちょうどいい餌だ」

 カーヒルは高笑いを上げて身を翻す。歩き始めて数歩後には姿が消えてしまった。その背に向け、セラが一つ深呼吸をする。

(フレイリスの存在に気づいているのか、いないのか。いずれにしてもカーヒルの力を少しずつ削っていかないと、あとに響く)

 セラはその場に腰を下ろして胡坐をかき、太ももの上に杖を置くと、指を下に向けて組んだ。そして目を閉じる。

 小人がジリジリと間合いを詰めてくるが、ふいに足を止めた。セラの体を中心に白い霧が発生し、ゆっくりと旋回しながら輪を大きく広げ始める。近づいてくる霧がただならぬものと感じたのか、小人たちは顔色を変えた。そして逃げ出そうとするが、白い霧はそれよりも速く小人たちに襲いかかって呑み込んでいった。

 間もなく白い霧が消えてセラが目を開ける。もう小人の姿はなく、静けさだけが広がっていた。
< 15 / 25 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop