素直になれないふたり
 私は、何を言っているのだろう。
 今になって、あの夏のことを唐突に蒸し返したのも、ずっと拘っているのも、自分のほうなのに。
「とにかく、帰る支度をしなきゃ⋯⋯」
「待ってくれよ!」
 急に、強い力で腕をつかまれる。
「ずっと、怖くて聞けなかったけど、今はハッキリ聞きたい。あの夏のことを忘れられないのは、俺だけだった?トーコにとっては、もうとっくに、どうでもいいことだったのか?」
 ジローも、一体何を言っているのだろうか。
 いつも、何もかも忘れたような顔で、この6年を過ごしてきたのに。
「悪友とナンパなんて気乗りしなかったけど、一目惚れだったんだ⋯⋯。だからこそ、嘘をついたことが心苦しくて、好きだなんてとても言えないくせに、すぐに真実も打ち明けられなかった。自分で決めた人生なのに、あの頃はまだ自分の仕事に矜持も持てないコンプレックスの塊で、本当のことを言って幻滅されるのが怖かった⋯⋯」
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