素直になれないふたり
「ねえ。ちょっとだけ、腕の力を抜いてくれる⋯⋯?」
「あ⋯⋯!ごめん!」
 数秒間、互いをじっと見つめ合ったが、照れて思わず目をそらしてしまった。
「目をそらさないでくれよ」
「だって⋯⋯あ、ちょっと屈んでくれない?」
「ん?」
 私は、一瞬だけ、ジローの頬にキスをした。
「トーコ⋯⋯それだけじゃ足りないよ」
 ジローは苦笑いで言い、あの頃のように、ぎこちなく唇を重ねてきた。
「一回だけじゃ足りないのは、お互い様よ?」
 ジローのキスが今でもぎこちないのは、ずっと私だけを想っていてくれた証拠のように思えた。
 心の底から幸せを感じて、時を忘れ、何度もキスを交わした。
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